<ふくしまの10年・母と娘 自主避難という選択>(7)被災、まだ終わらない

2020年12月16日 08時16分

福島の母親たちの意識調査を続けてきた成元哲さん=愛知県豊田市の中京大で

 自主避難者に対する行政の支援は乏しかった。わずかにあったのが、避難先で生活する住宅の無償提供だった。それも二〇一五年六月、打ち切りが決まった。避難区域外は除染が進み、戻って暮らす環境が整ったと福島県が判断したためだ。根本美佳さん(51)がいわき市に戻ることを決断する半年前のことだった。
 避難の継続を希望する人たちは多くいた。放射線の脅威から少しでも遠ざかりたいと考えていたからだ。ただ、避難先での家賃が自己負担になれば月数万円超の出費が必要になる。「やむにやまれず帰還」と「生活を切り詰めて避難を継続」の間で心が揺れ動いた。
 苦悩したのは福島にとどまる人たちも同じだった。
 公害問題に詳しい中京大教授の成元哲(ソンウォンチョル)さん(53)は一三年から毎年、避難区域外で暮らす母親らを対象に意識調査を行ってきた。一五年までの回答を見ると「放射線の影響が不安」が六割前後に及んだ。「周囲と認識のずれがある」と答えた人は三割前後いる。多くの母親にとって子どもの健康は共通の悩みでも、近しい人と考え方に差があり、悩みを共有できていないと感じる人が少なからずいたことを意味していた。
 自由記述欄には、こんな声があった。「夫と避難するしないでけんかに」「県産物を避けていることをいうと神経質だと思われてしまう」「大丈夫と思っているママと、不安をかかえながらしょうがなく住んでいるママと移住計画中のママが語り合うなんて戦争」
 その後、考え方の違いを訴える人の割合は減ったが、成さんの心は晴れずにいた。「ゼロになったわけではないし、『もう不満を口にしても仕方ない』と諦めた人もいるはず。悩みを抱え込んでいないだろうか」。被災の時間はまだ終わらないと感じていた。
 ◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

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