筋肉は裏切らない スポーツ選手から障害者まで誰でも肉体改造 聖地 「サンプレイ」

2020年12月17日 07時16分

「サンプレイ」でトレーニングする長屋宏和さん(手前)=いずれも台東区で

 スポーツ選手から障害者まで集うジムが台東区の御徒町駅近くにある。「トレーニングセンター サンプレイ」。日本ボディービル界のレジェンドで、寝たきりから回復した経験のある宮畑豊会長(79)と、その教えを学んだスタッフによる指導が最大のウリ。競技力向上、ボディーメーク、リハビリとあらゆる目的に応える「肉体改造の聖地」と言っても過言ではない。

障害者からトップアスリートまで通うトレーニングジム「サンプレイ」

 「丁寧に! あと十回」。鍛え上げられた肉体の男たちがトレーニングに打ち込むフロアに、筋骨隆々なトレーナーの声が響いた。指導を受けているのは、頸椎(けいつい)損傷で脇から下がまひしている長屋宏和さん(40)。車いすで筋トレに励む。
 片手に三キロのダンベルを固定し、計百回上げる肩トレは過酷そのもの。焼けつくような痛みに耐えながら、やりきった長屋さん。「最初は一キロも持てなかった。通い始めて五年たつが、日常生活の動きが楽になり、できることも増えた」と効果を実感する。

「サンプレイ」の宮畑豊会長

 「体の状態、障害の程度を見て、効果的なメニューを組んでいる」。ボディービルの全国大会で二十五回連続入賞、四十九歳までトップビルダーとして活躍した宮畑会長はそう話す。長年車いすだった会員が今では歩いてジムに来るようになった例もあるといい、「自分も寝たきりだったからね。会員の願いはかなえてあげたい」と笑う。
 奄美大島出身の宮畑会長は幼いころから格闘技に親しんだ。高校の柔道部では三年間無敗という鉄人ぶり。卒業後は大阪で会社に勤めながら、一九六四年の東京五輪柔道強化選手として稽古を重ねた。
 だが、この頃から足のしびれを感じ、日常生活もままならなくなった。病名は脊椎分離症。二十歳で入院し、寝たきりとなった。トイレも介助が必要で、二度と歩けないかもしれない不安と五輪の夢を失った虚無感で毎晩泣いた。
 寝たきり生活は一年にもおよんだ。赤外線を当てて患部をマッサージするだけの当時のリハビリに疑問を感じ、歩行訓練を開始。最初は十分歩くだけで、三九度の高熱が出た。それでも「健康を取り戻したい」と毎日続け、一年後には二時間歩くことができた。
 そのころ、再就職した別の会社にボディービル部があり、入部。見る見る体つきが変わり、足の痛みが再発することもなかった。数年後、大阪のボディービル大会で二位に輝いた。
 二十七歳のころ、転勤で東京に引っ越すと仕事が多忙を極め、トレーニング時間が確保できなくなった。そこで自らジムをつくることを決意。当初は四十歳以上を対象にした健康増進が目的のジムを計画。だが、ボディービル仲間たちの要望を受け、誰もが入会できるサンプレイを一九七七年にオープンした。

元大関の小錦関が使っていたベルト

 当時は夕方以降に営業するジムが多い中、高齢者も利用しやすいようにと午前中から営業し、運動経験が少ない人向けのオリジナルメニューも考案。一方で相撲や野球のプロ選手らには高強度なトレーニングを提案してきた。
 開業から四十年以上たった今も、近所のおじいちゃんとアスリートが隣りあって筋トレに励み、あいさつを交わす風景はサンプレイの日常だ。「会員は家族のようなもの。筋トレでその健康を大切にしたい」と分け隔てなく声をかけ、惜しみなく指導する宮畑会長。レジェンドがつくったのは、誰でも受け入れてくれるアットホームなジムだった。
 文・西川正志/写真・沢田将人
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