<ふくしまの10年・母と娘 自主避難という選択>(9)避難先で築く縁

2020年12月18日 07時43分

避難先で託児所を始めた小松恵利子さん=愛知県岡崎市で

 自主避難者の中には、避難先で腰を据えて生活を送る人もいる。根本美佳さん(51)と同様、福島県いわき市から愛知県内に来た小松恵利子さん(51)がそうだ。原発事故後、いわきの会社で働く夫と離れ、小学五年〜高校一年の息子三人と岡崎市内の実家へ避難した。
 当初は周りの目が気になった。「離婚してないのにそう見られたり、経済的に困っているわけでもないのに配慮される空気を感じたりした」。戸惑いが息子に及ばないよう、「事故の年は普通の生活に徹しました。朝起きて学校に行って、帰ってきてご飯食べて、夜に寝るという」。
 いわきの学校でPTAや読み聞かせの活動に熱心だった小松さんは翌年から活発に動いた。向こうのママ友から「福島を離れたい」という声を聞くと親子を招く保養を始めた。その一方、岡崎市内の商店街が設けたまちづくり会社で働きだし、子育て関連のイベントなどを手伝った。
 小松さんを動かしたのは原発事故の経験だった。「お互いに頼り合える人のつながりって必要だと感じていて。身近にそうした縁があると孤立せずに済む。遠方の人たちとの縁も大切で、あらかじめつながりをつくっておけば、何かあった時に頼ることができる」
 小松さんは今春、岡崎市内で託児所を始めた。かねて「働く女性を地域で支える」という夢があり、避難先でかなえた。息子三人は進学や就職で既に岡崎市を離れたが「市の職員や保育スタッフ、設計士さんと良い縁があったので『まずはここで』と決めました」。
 いわきを忘れたわけではない。「夫がいますし、月一回は戻ります。夫の両親にも本当によくしてもらいましたから、思い入れは強いです」。いつか向こうでも「困った人が頼れる場」をつくりたいと考えている。
 ◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

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