起きうる「弾圧」リアルに 『日没』 小説家・桐野夏生さん

2020年12月20日 07時00分
 怖い。気持ち悪い。途中で布団に入ったら悪夢をみるかもしれないとおびえ、夜更かしして読み終えた。本の内容が、政権批判する学者を権力者が堂々と排除し始めた現実社会とシンクロしてしまったからだ。
 「時代に追いつかれちゃいましたね」と桐野夏生さんは語る。物語の舞台は、近未来に出現した「作家の強制収容所」。五年ほど前に構想を思い付いた。「東日本大震災以降、『絆』などと同調圧力が強くなった。原発事故被害に触れるのをタブー視する風潮も出てきて、北朝鮮や中国、香港のような言論弾圧は日本でも起きうるな、と」
 「昭和二十六年生まれで、子ども時代にスターリン政権下の強制収容所の小説を読んだ。戦時中の思想弾圧も、そこまで昔話ではなかった。自分がいわれのないことで弾圧されるのって、いやじゃないですか」
 主人公はエンタメ作家のマッツ夢井。ある日、総務省の「文化文芸倫理向上委員会」という機関から召喚状が彼女に届く。着いたのは北関東の海辺。断崖絶壁の上にある建物だった。外部との連絡は禁止で、ネットも通じない。反抗すると減点され、収容期間が延びる。収容者同士の会話は「共謀罪」とみなされる。マッツは「B98番」と呼ばれ、尊厳を奪われていく。
 収容された原因は、彼女の小説が「犯罪や暴力を肯定しているようだ」という一般人の密告だった。本も読まない筋肉自慢の所長は「政治なんかには口を出さずに、心洗われる物語とか、傑作をものして頂きたいんですよ」と薄笑う。
 果たしてマッツは出られるのか−。結末は衝撃的だ。「経済構造が貧困を生んでいるのに自己責任論ばかりで、ネットの発達で誰もが管理・監視から逃れられない。正義を振りかざして他者を攻撃する人が増えた−。そんな絶望的な現状を考えたらこうなりました」
 男たちが女子高生を性的搾取する様を描いた『路上のX』など、社会への鋭い視点が読者を引き込む。原発の大事故が起きる設定の『バラカ』では、同業者に「政治的なことはちょっと…」と推薦文を断られた。忖度(そんたく)が蔓延(まんえん)する今をどう考えるか。「意見がないというのは逆に政治的ですよね。現状肯定だから」。とはいえ、決して力まない。「現実を戯画化しながら、ブラックユーモアのつもりで書いてます」
 岩波書店・一九八〇円。 (出田阿生)

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