「差別は容易になくならない…でも少しでも減ればいい」 やまゆり園事件、心に刻む遺族の言葉

2020年12月19日 08時57分
<2020・かながわ 取材ノートから>(1)

事件から4年を迎えた津久井やまゆり園。献花台にはたくさんの花が手向けられた=7月26日、相模原市緑区で

 「『やっぱり無理だよね』となればいい」
 相模原市緑区の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者十九人が殺害された事件は、一〜三月に開かれた裁判員裁判で植松聖(さとし)死刑囚(30)に死刑を言い渡し、弁護人の控訴を植松死刑囚が取り下げて刑が確定し、終結した。しかし、植松死刑囚が法廷で語ったこの言葉が今も私の頭に残り、問いかけている。私たちの社会は障害者との共生にどれだけ向き合おうとしているのか−と。
 二〇一六年七月の事件発生当時、県外の赴任先で報道に接し、障害者を無差別に次々と刺した犯行に衝撃を受けた。ただ、それまで障害者との接点と言えば、小学生の時、学校に今でいう特別支援学級があり、一緒に授業を受けたり給食を食べたりした程度で、障害者を取り巻く問題と向き合ったことはなかった。
 それが、裁判を担当することになり、変わった。障害者の家族への取材を続ける中で「身内に障害者がいることを隠して生きてきた」という声に接した。ネットでは植松死刑囚を称賛する書き込みもあった。それだけ、社会の障害者への差別、偏見の意識は根深い。それを肌で知った。
 「意思疎通の取れない重度障害者は不幸をつくる」「生きる価値がない」。植松死刑囚は法廷で、捜査段階と同様に障害者への差別思想を正当化し、肉親を失った悲しみや怒りを訴える遺族らの声に向き合おうとしなかった。また、障害者を殺害しようと考える過程の一端は明らかになったが、なぜ強い差別意識が芽生えたのかという問いへの答えは判然としないまま裁判は終結した。
 死刑が確定し、問いへの答えを直接問うことはできなくなった。ただ、この事件は、私たちの心の内に潜む差別や偏見の意識を問うていたことも忘れてはいけない。
 七月、事件から四年を迎え、事件で犠牲になった美帆さん=当時(19)=の母が本紙を含む報道機関に手記を寄せた。「差別は容易になくならないでしょう。でも少しでも減ればいいと思います。(中略)心穏やかに過ごせる社会になればいいと願っています」とつづられていた。
 事件後、共生という理念の浸透は進んでいると思うが、現実はまだまだ伴っていないと感じる。共生は無理だという主張にあらがうためには、一人一人が意識的に考える必要がある。私たちの真価が、問われている。 (曽田晋太郎)
    ◇   ◇
 今年も県内では、街の将来を左右する出来事が相次いだ。取材した記者たちが一年を振り返る。

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