回顧2020 それぞれの現場で

2020年12月21日 07時38分
 波乱の一年となった二〇二〇年。英国のエリザベス女王が演説で使って有名になった表現を引用するなら、まさに「アナス・ホリビリス(ひどい年)」だった。日本では何が起き、何が見えてきたのか。医療、経済、教育、それぞれの現場を知る人たちに回顧してもらった。

<2020年の出来事> 1月に中国で確認された新型コロナウイルスは瞬く間に世界中に拡散し、歴史的な疫病となった。経済的、社会的な影響は計り知れず、日本でも東京五輪・パラリンピックが来年に延期されるなどした。今年は「分断」がキーワードといわれ、英国の欧州連合(EU)離脱、米国の黒人差別抗議運動の拡大、米大統領選での国民の対立などが話題になった。コロナ後の世界は先が見えない。

◆数時間おき 状況変化 日赤医療センター看護部長・川上潤子さん

 看護師になってちょうど三十年になりますが、今年ほど普通でない年はありません。年初に新型コロナウイルスが確認されてから目まぐるしく事態は変わり、何をしていたか細かい記憶がないくらい。しかも、それは今も続いています。
 始まりは二月。日本に寄港したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での感染からでした。まず看護師や医師を派遣。患者の受け入れも始めました。うちは感染症指定医療機関ではないので、専用病棟がありません。緩和ケア病棟を急きょコロナ専用病棟に。決めたら即実行という臨戦状態です。
 態勢ができても落ち着く間はなかった。三、四月は重症者が増加し、コロナ病棟をさらに拡大。しかもコロナは悪化するスピードがすごく速いので、患者一人につき看護師一・五〜二人と通常以上に人手が要ります。現場では感染の恐れが高まり、対策チームの指示が毎日どころか数時間おきに変わるぐらい状況は流動的。その緊張と不安は体験した人しか分かりません。
 風評被害もひどかった。職員が保育園に子どもを預けられなくなったり、電話で「早く病院を閉めろ」と言われたり。医療現場をたたえる運動が起きましたが、コロナ患者に対応している人たちだけがクローズアップされたのには違和感がありました。ほかの病棟や事務のスタッフも大変な思いをしていた。みんなの力だったんです。
 今も緊張は続いていますが、今年前半の教訓を生かしてリスクと共存しながら安全に医療を提供できる態勢づくりは進めています。でも、いつになったら収まるか分からない。これはつらいですよ。
 コロナを通じて、看護とは何かということをあらためて考えました。恐らく看護師の誰もが。看護は国も民族も問わない普遍的なものです。患者さんに寄り添い、話を聞き、元気になるように伴走することです。でも、今回はそれができにくい。では、どうすればいいのか。模索する毎日です。
 あえて言えば、ソーシャルディスタンスのあり方。物理的な距離は取るけれど、精神的な距離は取らないということでしょうか。今回のピンチを、そういう新しい看護の形、あるいは有形ではないかもしれない何かを創造するチャンスにしなければと思っています。(聞き手・大森雅弥)

<かわかみ・じゅんこ> 1967年、茨城県生まれ。86年、4年制となった日本赤十字看護大に1期生として入学。卒業後の90年、日赤医療センター(東京)に就職し、昨年4月から現職を務める。

◆資本主義の限界露呈 経済アナリスト・森永卓郎さん

 今年の日本経済はコロナに直撃されました。七〜九月期の実質国内総生産(GDP)は、前年同期比でマイナス5・7%です。一方、中国は4・9%のプラス成長でした。なぜ、明暗が分かれたのか。日本政府の二つの政策が失敗したからです。
 一つは、昨年十月の消費税増税です。景気後退が明らかな中で強行した。政府はV字回復を予測していましたが、コロナでさらに落ち込みました。コロナ対策でも失敗しました。世界保健機関(WHO)は当初から、徹底した検査と隔離を呼び掛けていました。ところが日本は、世界の常識に従わず、感染拡大を招きました。
 欧米と比べると、日本は感染者数も死者数も少ないと言われます。しかし、それは東アジア・東南アジア地域全体に見られる傾向です。日本の対策が成功したからではありません。現在の感染拡大は特に深刻です。
 経済対策も世界の常識から外れています。例えば欧州では、観光や飲食の消費税を下げました。日本の「Go To キャンペーン」より効率的で、はるかに効果的な対策です。
 コロナは、グローバル資本主義の限界を露呈させました。大都市に人が密集するのはグローバル資本主義の特徴です。そして、世界の大都市で感染が広がった。グローバル資本主義は地球環境を破壊し、格差を拡大させました。コロナはそれに警告状を突き付けたのです。
 私は、これからの方向性として三つのキーワードがあると考えています。「グローバルからローカルへ」「大規模から小規模へ」「集権から分権へ」。そういう方向に変わっていくと思っています。
 インドのガンジーは、貧困や不平等をなくすために「近隣の原理」を主張しました。近くの人が作った食べ物を食べ、近くの人が作った服を着て、近所の大工さんが建てた家に住む。皆がそうすれば貧困はなくせる。そう考えた彼は、一貫してグローバル経済に反対しました。
 株価はバブル後最高値を記録しましたが、近い将来、大暴落するでしょう。来年、世界経済は危機に陥ると思います。しかし、それが世界経済に構造変化をもたらし、グローバル資本主義を終わらせて「ローカル・小規模・分権」への第一歩になるのなら、人も地球も幸福に向かって歩みだせると思います。(聞き手・越智俊至)

<もりなが・たくろう> 1957年、東京都生まれ。東京大卒。経済企画庁、民間シンクタンク勤務などを経て2006年から独協大教授。近著に『なぜ日本経済は後手に回るのか』(角川新書)。

◆学びを止めぬ支援を 教育評論家・尾木直樹さん

 二月二十七日(木曜日)の夕方、政府から全国の小中学校や高校に臨時休校の要請が出ました。三月二日(月曜日)から開始するには、二月二十八日(金曜日)の一日しか準備期間がない。教育現場は突然竜巻に襲われたような状況でした。休校を迎える子どもたちの心構えづくりも十分にできないまま、99%に近い学校が休校に入りました。
 ここまでむちゃをやるのだから、政府は本気で新型コロナを封じ込めようとしているのではとの期待感も当初はありましたが、今振り返ると、安倍首相が何の見通しも計画性もなく発言しただけでした。現場からの声を受け止めることなく、多様な子どもや家庭への目配りも感じられなかった。緊急事態下で仕方のない面もあったとはいえ、最も重要な政府と国民の信頼関係が初期の段階で危うくなってしまったことがとても残念です。
 さらに新学年が始まった際、文部科学省は休校中の家庭学習を成績評価の対象にできるとする特例の通知を都道府県教育委員会などに出したのです。
 成績が下がっては大変と、多くの親がわが子の学習のサポートに必死になりました。学校の価値観の中に家庭を封じ込めてしまったことで親子関係が崩れる家庭も多く、教育虐待も増えています。家庭間格差や教育の不平等も広がりました。
 経済協力開発機構(OECD)が四月に示した新型コロナに対応する教育についての指針では、オンラインの活用が主な論点でした。しかし、日本は他国に大きく後れ、双方向でのオンライン指導の実施率は15%程度(設置者単位)にとどまっています。政府は全ての小中学生が一人一台のパソコンやタブレット端末を使う「GIGAスクール構想」を三年前倒しし、本年度末までの整備を目指しています。しかし国の補助は一台あたり四・五万円、通信環境の整備費は半額のみ。財政に余裕のある自治体しか導入に踏み出せないのが現状です。
 ただ、公立校のオンライン対応にいち早く取り組んだ広島県や、地震被害の教訓をいかして市立小中学校のオンライン授業を開始した熊本市など、優れた先行事例が全国各地で出てきています。これら先行事例も参考に、「学びを止めない」よう、政府はハードとソフトの両面から子どもたちと現場や家庭をしっかり支援していってほしいと思います。(聞き手・中山敬三)

<おぎ・なおき> 1947年、滋賀県生まれ。法政大名誉教授。臨床教育研究所「虹」所長。東京の私立海城高校、公立中学校で教師を22年、大学教員を22年、計44年間教壇に立つ。


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