日本型アカデミーとしての「学術会議」に誇りを 宇山智彦・北海道大教授

2020年12月22日 17時18分
 日本学術会議会員の任命拒否問題への説明を政府が拒み続ける中、自民党プロジェクトチームが12月に出した提言について、会員の宇山智彦・北海道大教授が、個人の見解として本紙に寄稿した。

◆奇妙な点が多い自民提言

 学術会議の設置形態の見直しが性急に進められようとしている。自民提言はいかにも急ごしらえで、奇妙な点が多いが、特に不思議なのは、現状の問題点と改革の目的が具体的に挙げられないまま、欧米のアカデミーのモデル、しかも市場主義的に誤解されたモデルで設置形態を変えたり、機能を増やしたりするという、手段であるはずのことが目的化していることだ。

宇山智彦・北海道大教授(本人提供)

 ナショナル・アカデミーの機能には、著名な学者への名誉付与、研究資金や賞金・奨学金の配分、政策提言、学術知識の普及、国際交流、そして研究そのものなどがあるが、国によってカバーする分野や重点の置き方は異なる。
 日本の場合、名誉付与は学士院、資金配分は学術振興会、政府や社会への提言と国際交流は学術会議と、3者で役割分担し、研究そのものは大学・研究機関の領分としているのが特徴だ。これはそれぞれの前身が存在した戦前にさかのぼる分担で、1つの機関で多様な機能を抱え込まずに分けたのは、後発国の利点を生かした合理的選択だったと言ってよい。

◆日本で民間団体になれば、政府への従属性が高まる恐れ

 学術会議の会員は、諸外国のアカデミー会員のような終身制ではなく任期制で、不毛な名誉争いや地位の独占とは距離を置いてきた。選出に当たっては、改革を積み重ねる中で、研究者数の多い分野を優先する「数の論理」ではなく、できる限り多くの分野から会員・連携会員を集めて、多様な知識と意見を提言等に反映できるようにしてきた。このようなアカデミーのあり方は、日本モデルとして誇りにしてよいはずだ。
 欧米に倣うべき点として自民提言が特に強調するのは「政府からの独立性」だが、政府が学術界への介入を自制するという「独立」の本質には触れず、組織と財政の問題だけを考えているようだ。

日本学術会議 

 しかし、欧米の多くのアカデミーも、国の法や決定に設置根拠を持ち、財源の大半を公費に負っている。それでも政府機関にならず、しかも政府に対等に提言できる権威を持てるのは、欧米には国家に独占されない「公共」の空間があり、アカデミーはそこに位置づけられるからだ。
 それに対して、日本では公共と国家が同一視される傾向が強く、民間組織が国全体への強い影響力を持てるのは、資金力を背景とする経済団体などに限られる。独立行政法人のように政府から細かい監督を受ける準政府機関になったり、政府からの資金に頼る民間団体になったりすれば、政府への従属性はかえって高まる。欧米のような公共のあり方が日本にも定着すれば別だが、そうなっていない以上、国の学術界全体を代表する学術会議を国家機関とするという、設立時の日本政府の決定は今でも合理的であろう。

◆独立した国家機関が自由民主主義には不可欠

 任命拒否以降の騒ぎの中では、税金で賄われる機関である以上、学術会議は政府の言うことを聞くべきであり、首相が人事を決めるのは当然だという意見が聞かれた。これは学術会議以外の問題にも影響する、とても危険な考え方だ。
 民主主義が、選挙で選ばれた政治家・政党による独裁に転化することを防ぐには、裁判所や検察、オンブズマンなど、政府から独立した立場で活動する国家機関が政府を監視したり、専門的な立場から助言したりすることが必要だ。政府の長が国家公務員の人事をすべて自由に動かせることになれば、こうした独立性は失われ総忖度機関化する。
 近年、ハンガリー、ポーランド、トルコなど自由民主主義の退行が指摘される諸外国で起きたのはまさに、裁判所などの国家機関から政府に対する監視・助言が力を失い、政府が暴走するという事態だった。独立して職務を行う国家機関という存在が、自民提言で言う「矛盾」では決してなく、自由民主主義に不可欠であることを、世界の政治学者たちは再認識している。
 もちろん学術会議は、監視というより助言・提案を行う立場であり、政府との対話も重要である。近年、学術と社会に関わる具体的な政策課題について学術会議と各省庁との協力は深まってきたが、学術政策全体や会員の任命に関しては、残念ながら政府が対話を拒否することが多い。政府が対話を拒むのであれば、学術会議がいくら自己改革しても、自民提言が求めるような政策への寄与を深めることは難しい。

◆自民党は「保守」の知恵を

 自民提言には書かれていないが、学術会議のあり方を変えたい理由は、会議の提言・声明のごく一部に、2017年の軍事的安全保障研究に関する声明のように、政府の方針と衝突するかに思われるものが含まれているからだろう。実際には声明は軍事研究を禁止しているわけではなく、大学等で審査制度を作る必要があると言っているだけだ。 もしそれでも、声明が防衛装備庁の進めようとする研究について誤解を広めていると思うのであれば、学術会議や各大学に丁寧に説明し対話すべきだろう。そうした対話をせずに、任命拒否や組織改廃の脅しで学術会議に報復しようとするのは、全く生産的ではない。
 学術会議は、研究者が大学や学会の枠を超えて集まり、自ら問題設定をして、法的な正統性を持つ提言等を政府や社会に行うことのできる、唯一の機関である。学術の発展と学問の自由の擁護はもちろん、教育、医療、多文化共生などにも、多様な関係者と協力しながら貢献してきた。確かに、長年かけて権限を縮小されて大きな問題についての勧告を出しにくくなり、広報費も乏しいため国民に広く活動が知られていないなど、改善すべき点は多い。
 しかし、それらの改善は組織形態の変更を必要とするものではない。形式を変える改革のために莫大な労力と費用をかけるよりも、内容・運用の改善を重視することが、自民党がそうであるはずの「保守」の知恵ではないだろうか。未来志向で政治と学術の関係を発展させるためには、改革の押しつけではなく、対話を深めることこそが重要である。

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