<コロナ禍の埼玉2020回顧>(1)行政 検査・医療体制で混乱

2020年12月23日 07時49分

深谷寄居医師会が開設したドライブスルー方式のPCR検査センター=5月、深谷市で

 新型コロナウイルスの感染拡大で、社会の様相が一変した二〇二〇年。県民は生活や健康に大きな影響を受け、翻弄(ほんろう)された。累積の感染者は一万人を超え、なお収束の見通しは立たない。行政や医療、学校など、コロナに向き合ったそれぞれの現場の一年を振り返る。
 「このような事態に至ったわれわれの責任は重い」。四月二十四日、県庁正面玄関に集まった報道陣に対し、大野元裕知事は厳しい表情で語った。

自宅待機中の男性2人の死亡を受け、報道陣に「責任は重い」と述べた大野元裕知事=4月24日、県庁で

 この四日前、県は新型コロナウイルス感染者について、「全員原則入院」としていた方針を、軽症・無症状者は「自宅療養を認める」ことに変更していた。県内で感染者が急増し入院先を確保できないための苦肉の策。ところが直後、男性二人が自宅待機中に死亡したことが立て続けに判明した。知事は謝罪に追い込まれ、再び「自宅療養は原則無し」に戻した。
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 県内で最初に感染が確認されたのは二月一日。中国・武漢からの帰国者だった。しばらくは帰国者の感染が散発的に報告される程度だったが、徐々にイベント中止、国が学校の臨時休校を決めるなど不安が高まった。三月五日には渡航歴のない県内の男性二人の感染が判明。「対岸の火事」が身近に迫る危機となり、庁内の空気が変わった。
 県は同一日から総合的な電話相談先として県民サポートセンターを設置していたが、押し寄せる相談を受け止めきれず、保健所にも電話が殺到。コロナ対応の要で、ただでさえ医療機関の紹介や感染者の行動履歴調査、健康観察など業務が集中していた保健所は、パンク状態になった。
 国の緊急事態宣言が出た四月には、医師が検査が必要と判断した患者について保健所に連絡しても、電話がつながらない事態が多発。つながっても「検査対象に該当しない」と断られ、検査できないケースが続出した。
 同じころ、さいたま市保健所長は報道陣の取材に、同市のPCR検査件数が他の中核市と比べて少ないとの指摘に「病院があふれる恐れがあり、ちょっと条件を厳しめにした」と発言。意図的に検査数を絞ったとする内容が物議を醸し、清水勇人市長が「誤解を招いた」と謝罪する一幕もあった。
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 五月の大型連休後は一日の新規感染者数が一桁の日が続き、落ち着きを取り戻した。「第一波」で保健所への過度な負担集中が混乱を招いたことを教訓とし、各地で郡市医師会が主体となって保健所を介さず検査を受けられる発熱外来PCRセンターを設置。一部の医療機関がより簡易な抗原検査を始めたこともあり、検査数は伸びていった。
 夏の第二波は感染者数こそ第一波を上回ったが、重症化しにくい若い世代が多かった。ところが十一月以降の第三波では高齢者施設や病院でクラスター(感染者集団)が発生し、重症化しやすい高齢患者が多い。入院期間が長い重症患者が増えれば、医療機関の負担はますます大きくなる。
 県は医療体制整備を続け、今月、新型コロナとインフルエンザの両方の診療と検査をする医療機関をホームページで公表。身近な医療機関で受診できるようにした。
 しかし、病床数はまだ足りない。十一月末に受け入れ病床数を千四百床まで増やすとしたが、十二月二十日現在、すぐに使える病床はその八割ほどにとどまる。重症病床数も目標の二百床に対し、確保できているのは七割ほどだ。
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 「医療体制が厳しい年末年始に向けて、感染拡大を何としても食い止めなければいけない」。大野知事は繰り返し述べ、一部地域の飲食店などへ営業時間短縮、県民には都内への移動自粛を要請した。
 十九日には一日の新規感染者数が過去最多の二百二十六人に上った。高止まりの傾向は変わらず、予断を許さない状況が続く。 (飯田樹与)

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