<月刊 SDGs 2020年12月号>過疎の命綱 住民が高齢者の足

2020年12月26日 13時47分
 社会が目指すべき方向性を17の目標にした国連のSDGs(持続可能な開発目標)の3番目は「すべての人に健康と福祉を」。
 目標3を実現するための具体的な道筋として示された13のターゲットの中には、妊産婦や新生児の死亡率低下などとともに、交通事故による死傷者の半減も掲げられている。
 日本では高齢者が起こす事故が社会問題となり、免許返納を促す動きが強まる。公共交通機関が手薄で車頼みの過疎地では代わりの移動手段をどう確保すればいいのか。SDGsの基本理念でもある「誰ひとり取り残さない」ための試行錯誤が始まっている。
 千葉県木更津市の山あいに広がる富来田(ふくた)地区では7月から、高齢者をスーパーなどへ有料で送迎する「ふくちゃんバス」の運行実験が始まった。市の補助のもと、地元のまちづくり協議会が運営し、運転するのも7人の住民だ。公共交通の空白地帯などで法が認める自家用有償旅客運送という制度を活用している。これに加え、利用者から寄付を受けて、病院などへの送迎もしている。

ふくちゃんバスで買い物に出掛けた児玉江美子さん=千葉県で

 総括責任者の鴇田(ときた)宏さん(73)は「生活の足を確保しないと、高齢者は家から出られない」と説明する。過疎化で、スーパーは地区から撤退した。JR久留里(くるり)線や路線バスはあるが本数は少なく、駅や停留所まで遠い住民もいる。
 65歳以上が占める割合は4割を超え、ふくちゃんバスも、元気な60~70代が、70~90代の送り迎えをしているのが実情だ。
 利用者の一人、児玉江美子さん(82)は「バスは命だね」と話した。買い物に行く児玉さんの手には、病気で自宅療養中の夫が書いた買い物リストが握られていた。「お父さんの体調が悪いんで、食べたいって思うものを買うようにしているの」。夫婦は北海道出身で、ジャガイモなどは故郷で採れたものを選ぶのも楽しみとなっている。
 協議会では、本格実施に向け、有償運行の送迎先の拡大を希望している。市の担当者は「ほかの交通機関との兼ね合いもある。久留里線にも乗って存続を支えてほしい」と頭を悩ます。
 日本は長寿社会は実現している。一方で、人々が幸福度を自己採点する幸福度調査ではこの数年、世界の中で順位を下げ続けている。SDGs実現に向けて、一人ひとりの幸せを起点に、皆で知恵を出し合うことが求められている。

◆日本発 母子手帳 世界へ
 甲南女子大・中村安秀教授に聞く

母子手帳の歴史について語る甲南女子大の中村安秀教授=東京都台東区で

 母子手帳(母子健康手帳)は日本の「発明品」だという。世界に広めた甲南女子大教授の中村安秀さん(68)に話を聞いた。(聞き手・早川由紀美)
 -母子手帳の始まりは。
 「戦時中の1942年にできた妊産婦手帳から始まったというのが厚生労働省の公式見解です。産めよ増やせよの時代、お国のために元気な子どもを産みましょうという内容です」
 「母子手帳に変わったのは戦後の48年で、子どもを守りましょうという内容に変わった。栄養失調と感染症で、母子ともに死亡率が高く、砂糖やミルクの配給手帳としても活用された。母子を1冊の手帳にするのは日本の発明なんです。僕は、母子手帳の始まりは48年だと言っています」
 -母子を一緒にする発想はどこから。
 「母と子の健康は密接に関係しているから、もっと協力しなければいけないと厚生省(当時)にいた産婦人科医や小児科医などが一緒に考えた。当時の関係者に話を聞いていますが、母子の命を助けたいという一心で急いでやろうとしたら、皆が手助けしてくれたそうです」
 「お金があれば全国に病院を建設できたかもしれないが、手帳の紙代すら大変だった時代。お金がないけれど助けたいという中で生まれた発明です。SDGsの『誰ひとり取り残さない』という理念にもつながり、母子保健に携わる世界の関係者の心を打つのです」

世界各国の母子手帳

 -どのようにして世界に広がったのですか。
 「86年にJICA(国際協力機構)の専門家としてインドネシアに2年間赴任していた時に母子手帳のすごさに気付き、研究を始めました。93年からインドネシアで母子手帳を作るJICAのプロジェクトが始まり、98年には国際会議も始まりました。日本の手帳をそのまま輸出するのではなく、『母と子の記録が1冊にまとまっている』『親の手元にある』の2点を母子手帳の定義として外国の仲間たちと定めた。現在50カ国以上で使われています」
 「母子手帳が普及すると、知識が増え、医療機関で出産する率が高まるなどの効果が確認されています。今は逆に日本が学ぶ点もある。タイの手帳はQRコードが記されていて、ユーチューブの動画に接続できるようになっています」

母子手帳を手にする親子=インドネシア・ロンボク島で(中村安秀教授提供)

 -虐待防止など日本でも母子手帳に新たな役割が出てきている気がします。
 「出生日当日に赤ちゃんが虐待死するケースを見ていると、母子手帳を持っていない人がかなりの率でいる。妊娠中に病院に行っていないということです。妊婦が母子手帳を取りに来るのを待つのではなく、『妊娠したかも』とSNSなどに書き込んだ時点で、支援が開始できるデジタル母子手帳のようなアウトリーチ(注)の受け皿を作り、そこから市町村の医師や助産師につないでいく。そんな仕組みを作る必要性を感じています」
<なかむら・やすひで> 1952年和歌山県生まれ。東京大医学部卒。小児科医。JICAの母子保健専門家としてインドネシアに赴任。パキスタンではアフガニスタン難民医療に従事した。ハーバード大大学院研究員、大阪大大学院教授などを経て現職。世界の保健医療の仕組みづくりなどを支援するNPO法人HANDSを2000年に設立。17年まで代表を務めた。現在はシニアテクニカルアドバイザー。
<母子健康手帳> 1948年に「母子手帳」が発行され、66年の母子保健法施行に伴い「母子健康手帳」に改称された。住民登録している地方自治体に「妊娠届出書」を提出した際、交付される。妊娠中の健康状態から始まり、分娩(ぶんべん)の所要時間や出血量、子どもの健康診査の結果や予防接種の種類や時期などが記録される。保護者が気持ちを書き込む欄もある。 
(注)<アウトリーチ> 困っている人に対し、支援する側が積極的に働き掛ける支援の方法。インターネット上に「死にたい」と書き込みがあった場合に相談窓口を表示し、支援につなげる活動をしている自殺予防団体の例などがある。

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