重文 湖畔(こはん) 黒田清輝(くろだせいき) 黒田記念館

2020年12月27日 07時00分

1897年 カンバス、油彩 69.0×84.7センチ

 「おっ、見たことあるぞ」。そう思った人も多いはず。日本美術の近代化に努めた黒田清輝(一八六六〜一九二四年)の代表作で、重要文化財の「湖畔」。明治時代の文化の象徴として、美術はもちろん、歴史の教科書にも広く掲載されてきた。一九六七年には切手になり、今年発行された特殊切手「美術の世界シリーズ第一集」にも採用されるなど、日本人になじみ深い作品だ。
 湖水と対岸の山を背に、うちわを手に座る浴衣姿の女性。風景と人物の調和が見事で、淡い青系統でまとめられた色調からは、清涼感が伝わってくる。
 一八九七年の夏、避暑に訪れた箱根・芦ノ湖で一カ月ほどかけて描かれた。モデルとなった照子夫人の回想によると、湖水を描いていた夫を見に行ったところ、石の上に座るよう促され、その通りにすると「明日からそれを勉強するぞ」と、制作が始まったという。
 浮世絵でも扱われそうな親しみやすいモチーフ、湿潤な風土や季節、情緒的な雰囲気を即興的な構図の中に表した「日本的」洋画。フランス仕込みの明るい外光表現を取り入れた手法も評価され、褐色を基調とした暗めの作風が主流だった当時の日本洋画界に新風を吹き込んだ。
 ただ、実は「湖畔」は、フランスで学んだ西洋美術のアカデミズムを根付かせることに重きを置いた黒田の画歴の中では、本流には位置付けられない。
 黒田が目指したのは、的確な人体描写、特に西洋美術の基本とも言える裸体表現のほか、歴史や物語を主題にした複数人物の群像表現による「構想画」だった。帰国後、物議を醸しつつもヌード作品をいくつも発表。正統な西洋絵画の手法例として、全体の構図を決め、下絵を多数描き、着想から五年を費やして制作した「昔語り」(完成作は戦災で焼失)といった構想画の大作にも取り組んだ。

「昔語り」画稿(構図) 1896年 紙、木炭 47・0×63・0センチ

「昔語り」下絵(仲居)1896年 カンバス、油彩 93.8×47.7センチ 

 しかし、それらの試みはいずれも意図した通りには理解されず、黒田も自身の技量に限界を感じていく。
 東京文化財研究所の塩谷純・文化財情報資料部長は「黒田には『日本のために』という明治の人間ならではの使命感があった。西洋美術の移植が思うようにいかず、もどかしさを抱えていたのではないか」と推察する。
 結果的に、代表作となったのは裸体画でも構想画でもなく、西洋油彩画に特徴的な陰影表現や重量感などを避けた「湖畔」。塩谷部長によると、「湖畔」で示された明るさや親しみやすさが、印象派を取り入れた後の世代の作風と結び付き「日本的アカデミズムとして定着したとも言える」という。
 「湖畔」が油彩画の日本化に一つの道筋を示した名画であることは間違いない。その影響は、作者の意図にかかわらず広く及んでいる。現代の日本美術は、黒田の目にはどう映るのだろうか。画中の浴衣美人の涼しげな表情を見つめていると、そんな問いが思い浮かんだ。

◆みる

 黒田記念館(台東区)は、JR上野、鶯谷、東京メトロ上野、根津、京成線京成上野各駅から徒歩15分。問い合わせはハローダイヤル=電03(5777)8600=へ。「湖畔」は来年1月13〜24日、特別室で公開。「昔語り」の「画稿(構図)」と「下絵(仲居)」は2月28日まで記念室で展示中。開館時間は午前9時半〜午後5時(入館は4時半まで)。月曜、27日〜1月1日、1月12日休館。1月11日は開館。入館無料。
 文・清水祐樹
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード

PR情報

TOKYO発の新着

記事一覧