【動画あり】作家・加賀乙彦さんの父が撮った戦前の東京の映像、デジタルで鮮やかに蘇る

2021年1月1日 06時00分
 戦前の東京などの街や人々を8ミリ、16ミリフィルムで記録した映像を本紙が入手し、8巻をデジタル化した。一部はカラーで、1937(昭和12)年の東京宝塚劇場の舞台は、現存する宝塚の最も古いカラー映像とみられる。撮影したのは、作家・加賀乙彦おとひこさん(91)の父で、安田生命(現明治安田生命)社員だった小木こぎ孝次こうじさん(1902~77年)。加賀さんが自伝的小説「永遠の都」で描いた戦前の首都が、80年以上の時を経てよみがえった。(加古陽治)

◆現存する最古の宝塚映像も

 映像は30(昭和5)年から37(同12)年に撮影され、36(同11)年以降の8ミリの一部はカラー映像だった。カメラが捉えていたのは、東京宝塚劇場(東宝劇場)で37年3月に行われた星組公演や同5月の月組公演、31年の新宿駅前の風景、同年の神奈川県逗子市での海水浴、37年の東京・銀座や新宿のネオン、同年の早慶戦の試合風景など。

同僚らと訪れた神奈川・鎌倉の浜辺で。1930年撮影

 東宝劇場の星組公演「世界の唄」には、当時トップスターだった葦原邦子(12~97年)、月組公演「マグノリア」には、同じく小夜福子(09~89年)の歌い踊る姿などが捉えられていた。宝塚の資料を収集、研究している阪急文化財団池田文庫の正木喜勝学芸員によると、戦前の宝塚の舞台の映像は希少で、月組公演の映像は「見た中で最も古い宝塚のカラー映像」だという。

1937(昭和12)年5月に東京宝塚劇場で上演された「マグノリア」。サックスを手にした左の男性役は、戦前の大スター小夜福子

 空襲前の新宿駅前の映像も珍しく、新宿歴史博物館の宮沢聡学芸員は「昭和17(42)年撮影の郷土映画『我等の淀橋区』など若干のフィルムに少し新宿通りが出てくるが、戦前の新宿駅前の映像はほとんど見たことがない」と話す。

1931年の新宿駅前。右の大きな建物は後に伊勢丹に吸収される「ほてい屋百貨店」

 30年撮影のよちよち歩きする姿など、加賀さんの幼いころの姿も記録。34年に満州(現中国東北部)を旅行した際の映像には、帝政移行後間もない現地の街や人々が写っていた。

◆遺品の山からフィルム32巻を発掘

 小木さんは当時、安田生命の幹部社員で、36年にはベルリン五輪観戦などを兼ねて欧米を視察旅行。米ニューヨークのエンパイアステートビル屋上からの風景やナイアガラの滝、シカゴのネオンサインなどのカラー映像もあった。
 加賀さんによると、小木さんは大の映像マニア。出掛けた先で撮影しては自ら編集し、親族や知人を招いて自宅で上映会を開いていた。戦後はほとんど見ることもなくなり、小木さんが亡くなってからは遺品の山に埋もれたままになっていた。本紙は加賀さんの依頼を受け、小木さんの旧宅の段ボールの山から一部戦後のものを含む32巻を見つけ出し、戦前のもので比較的保存状態の良い8巻を補修、デジタル化した。

◆専門家「AIでは再現できない本物の色」

 大傍(だいぼう)正規・国立映画アーカイブ主任研究員の話 旧満州の光景や戦前の海水浴の映像等は、戦禍をくぐり抜けた個人のフィルムだからこそ残った貴重な記録だ。凝ったアングルや細かな編集の跡からは、当時のアマチュア映画文化の成熟ぶりがうかがわれる。中でもカラー映像は、当時の街並みや舞台の色をそのまま記録している。人工知能(AI)では絶対に再現できない本物の色だ。
前のページ

関連キーワード

PR情報