新型コロナでよみがえる祖父母の言葉 スーダン、消えかかった地域言語の放送広がる

2021年1月1日 06時00分
 アフリカ東部スーダンの首都ハルツームから南東約400キロ離れたドゥカ。人口2万人ほどの田舎町だが、「行く場所がなければドゥカに行け」と言われるほど、風習や文化が異なるさまざまな人を各地から受け入れる。スーダンの多様性を象徴した町だ。
 「『ム』で手を洗おう」。この町に住む警備員サーレハ・アルボ(45)の家で、次女ノハ(10)が大きなたらいをかかえて庭に出てきた。「ム」とは彼らの言葉「ヌビア語」で水の意味だ。

スーダン東部ドゥカで先月24日、食事の前に手を洗うノハ(左から2人目)ら子どもたち

◆食事前の手洗いと…

 新型コロナウイルスのまん延で、アルボの家ではちょっとした変化が起きた。一つは14人の子どもたちが食事前に手を洗うこと。もうひとつは子どもたちが、公用語のアラビア語に片言のヌビア語を交えるようになったことだ。
 ヌビア語はスーダン北部で使われる地域言語で、話せるのは20万人ほどとスーダン総人口(約4200万人)のわずか0・5%。しかしアラビア語が分からない一部の高齢者には不可欠だ。
 アルボは、仕事ではアラビア語、両親や妻とはヌビア語を使う。アラビア語しか話せないノハたち若い世代を見て、アルボは自分たちの言語が途絶えていくのが気がかりだった

◆「おじいちゃん、おばあちゃんの言葉」

 そこに昨年4月、地域言語でマスクの着用やソーシャルディスタンスの確保など感染予防策を呼び掛けるテレビ・ラジオ番組が始まった。国営ラジオ・テレビだけでも40以上の地域言語を使い、子供向けのアニメ版や地域言語の歌詞を乗せて、誰でも口ずさめる歌に仕立てた放送もある。
 「これがおじいちゃんやおばあちゃんの言葉だよ」。アルボは放送が流れるたびに、子どもたちに言って聞かせた。子どもたちの変化を見て、アルボは「言葉はヌビアの歴史であり遺産だ。それが復活し始めたようだ」と顔をほころばす。
 ハルツームのアフリカ国際大で地域言語の保存に取り組むカマル・ガハラ教授(言語学)は、コロナ禍が「地域言語を救う意味ではチャンスだった」と話す。

◆地域言語を使い体罰受ける

 地域言語の放送に携わった国連児童基金(ユニセフ)職員のハフェズ・フセイン(47)は、幼いころ学校で地域言語のアルフォール語を使って先生にむち打ちされたという。学校で地域言語を使うことは許されず、両親からは「アラビア語が話せなければ仕事にも就けない」と諭された。
 今はアルフォール語をほとんど話せなくなったフセイン。「体の一部を失ったようなさみしさがある。だから、今回の放送で地域言語が復活するのはうれしい」と話す。

ハルツームで先月25日、地域言語の放送をチェックするアッシール・アルサーイド

◆「多様性の尊重」

 国営テレビから始まった地域言語の放送は、ラジオ局や地方の民間放送局にも広がり、今ではニュース番組やドラマの合間に30秒から数分の啓発番組が流されている。反響は非常に大きく、「自分の言葉を初めて国営テレビで聞いて誇らしかった」「コロナ以外でも地域言語の番組を流してほしい」などの電話がかかってくるという。
 国営ラジオ・テレビのプロデューサーのアッシール・アルサーイド(58)は「コロナは経済や政治を変えたと言われるが、スーダンでは言語を変えた」と話した上で強調する。「地域言語の放送は、スーダンが『多様性や少数派を尊重する』という世界に向けたメッセージでもある」(敬称略、ドゥカとハルツームで、蜘手美鶴、写真も)

 スーダンの言語事情 スーダンは公用語アラビア語のほかに、地域や風俗の違いなどで異なる「地域言語」が100近くある。高齢者はアラビア語が使えず、地域言語しか理解できないケースがある一方、教育はアラビア語に統一されているため、若い世代は地域言語を話せなくなってきている。言語学者によると、スーダンの地域言語の約90%が将来的に消滅する可能性があるという。

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