<2021渋沢流 今に生きる心>(1)偉人の思い 広がれ

2021年1月1日 07時37分

「道徳経済合一説」について講演する渋沢栄一のアンドロイド=いずれも深谷市で

 幕末から明治、大正、昭和初期にかけて、日本は大きな変革を経験した。この激動の時代に実業、福祉、国際親善、女子教育など幅広い分野で活躍した郷土の偉人・渋沢栄一。グローバル化や新型コロナウイルスなどの影響で、さまざまな価値観が入り乱れ、社会のあり方が大きく変わりつつある現在、道理を重んじ、世のため人のためを貫いた渋沢の心を、今に引き継ぐ人々の取り組みを紹介する。
 「『道徳』と『経済』とは、共に両立して進むべきものでございます」
 顔や手のしわなど、七十歳ごろの渋沢そっくりに再現したアンドロイドが聴衆に語りかけた。渋沢の出身地・深谷市の「渋沢栄一記念館」。声も本人の肉声を参考に作られており、時折まばたきしたり、手を動かしたり。小学生の男の子が「何だかディズニーランドみたい」とささやくのをよそに、渋沢が唱えた「道徳経済合一説」を約二十分間、熱弁した。
 アンドロイドは渋沢の思想を多くの人に広めつつ、観光の目玉にしようと、昨年夏にお披露目された。二〇二四年度に一新される新一万円札の肖像に決まり、今年二月からは渋沢が主人公のNHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」も始まる。地元の期待は集客面にとどまらない。近代日本の礎を築いた一人でありながら、一般の知名度は決して高くなかった郷土の偉人。その業績と、今も息づく精神を世に伝える好機でもある。
 「渋沢翁のすごさはね、あれだけ多くの会社の設立や経営に携わりながら、ほとんど表に出てこないところなんですよ」。若き日の渋沢が論語を学んだ同市下手計(しもてばか)の「尾高惇忠生家」で、案内役を務める「渋沢栄一翁と論語の里 ボランティアの会」の蛭川隆司会長(71)は、誇らしげに話す。

渋沢の活躍について説明する蛭川さん(左)

 同会は一四年の富岡製糸場(群馬県)の世界遺産登録を機に、翌一五年に発足。初代場長の尾高惇忠は渋沢のいとこで学問の師でもある。著書「論語と算盤(そろばん)」に代表される渋沢の思想や、その原点を広く世に伝えようと現在は約四十人が登録。月に一回の論語教室も開き、勉強を続けている。
 「順理則裕」。渋沢が座右の銘とした言葉で、「私利私欲でなく道理を第一に考えれば、豊かな結果がもたらされる」との意味だ。「世の中が潤っている時には顧みられなくても、傾いてくると渋沢翁の原点に戻ろうという動きが出てくる」と蛭川さん。コロナ禍で社会にひずみが生じている今、「道徳を考えた経済の発展こそ大切という渋沢翁の考えが、世の中に広がってくれれば」と期待する。
 昨年九月に発刊された無料の地域密着生活情報誌「Seien」。深谷市内の商店主らが記事を執筆する月刊誌のタイトルは、渋沢の雅号「青淵(せいえん)」からとった。編集を担当する印刷・出版会社「ピーアイピー」(熊谷市)の植竹知子社長(63)は「名前に恥じない媒体にしたいとの思いを込めた」という。
 創刊号では「百年後のSeienたち」と題し、「武州の北の端っこ」で理想を実現してきた地元の人々の取り組みを紹介。一九八〇年代にまだ国内でなじみのなかったブロッコリー栽培を始めて一大産地にしたことや、酒蔵を改装したミニシアター、自宅の畑に自費でラグビー場を造った中学校の先生など、渋沢に負けず劣らず個性が光る。地元で活躍する人物の読み物を担当する、人形店経営の高木陽子さん(42)は「深谷には面白い人がたくさんいる。そんな人たちにスポットを当てていきたい」と意気込む。

深谷市の無料の地域密着生活情報誌「Seien」の編集スタッフの皆さん

 深谷市立の小中学校では、市教育委員会が制作した「渋沢栄一翁 こころざし読本」を授業の副読本などとして活用している。志を立てること、他者に真心と思いやりを持って接すること。渋沢が大切にした「立志と忠恕(ちゅうじょ)」の心を伝える。
 渋沢栄一記念館の渋沢武雄館長は言う。「子どもたちには思いやりがあり、これからの社会を担っていく人になってくれることを願っている。郷土の偉人の志を、次世代につないでいく」 (渡部穣)
<しぶさわ・えいいち> (1840〜1931年)。現在の深谷市血洗島(ちあらいじま)の農家の生まれ。一時は尊王攘夷(じょうい)運動に加わったが、後の徳川幕府15代将軍・一橋慶喜に仕え、1867年に渡欧。帰国後は明治政府の大蔵省などに出仕するも約4年で退き、実業界へ転身。「商売はもうかればいい」という風潮が広まる中、国全体の発展には私利私欲のみに走らず、公益も考えなければならないとして「道徳と経済の一致」を唱え、「日本資本主義の父」と称される。第一国立銀行(現みずほ銀行)をはじめ約500社の設立、商法講習所(現在の一橋大学)や博愛社(同日本赤十字社)など600以上の社会公共事業や福祉・教育支援に関わった。「青い目の人形」で知られる米国との人形交流に取り組むなど国際親善にも貢献した。

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