<2021渋沢流 今に生きる心>(2)経営追求は社会のために 三州製菓・斉之平伸一社長

2021年1月3日 07時44分

「渋沢翁の後を追って、公益を第一に考える事業や福祉活動に取り組みたい」と語る斉之平伸一さん。傍らは渋沢栄一賞副賞の渋沢像

 カリッとした食感が心地良く、袋に伸ばす手が止まらなくなる。春日部市の菓子メーカー三州製菓のスナック菓子「揚げパスタ」。パスタの生地を油で揚げた同社の看板商品は約二十年前、女性たちが中心になって開発した。
 同社の企業理念には「すべてのものを真に活(い)かす」「人が真に活きる経営を追求する」といった言葉が並ぶ。社長の斉之平伸一さん(72)が、適材適所の重要性を説き、社会貢献にも力を注いだ渋沢栄一の考えを取り入れたものだ。
 理念を形にした一つが、女性が働きやすい職場づくり。会議で男性の「発言禁止タイム」を設けて女性の発言を促したり、一人の社員が担当の他にも二つの仕事ができるようにする「一人三役制度」を発案。仕事をカバーしやすい態勢を整え、育児休暇を取りやすくした。
 そうした環境の下、女性の柔軟な発想から生まれた揚げパスタ。大手テーマパークや航空会社のおつまみに採用され、同社の売り上げの20%を占めるヒット商品に成長した。同社は現在四割強の女性管理職比率を、将来的に五割まで引き上げる方針だ。
 斉之平さんは経営を学ぶために進学した一橋大学で、同大の財政・運営を支援した渋沢の教えと出合った。利益は私欲のためでなく、社会のために−。「渋沢翁は国全体のため、人々の生活を高めるために仕事をし、福祉活動にも尽力した」と公益を重んじた渋沢の哲学に共感する。
 渋沢は幕末の一八六七年、パリ万博の幕府使節団に帯同、現地で商人と高級軍人が対等に話す姿に衝撃を受けたとされる。「当時の日本の身分制度では、武士と商人が対等に話すなど考えられなかった。渋沢翁は『人は平等なるべし』と確信したのでしょう」と斉之平さん。同社の経営のかじ取りを担うようになってからは、渋沢の考えを自分なりにそしゃくし、時代に合わせた形で実践してきた。
 女性の積極登用のほかにも、渋沢が第一国立銀行の頭取を七十七歳で退いたことにちなみ、社員が七十七歳まで働けるようにした。同社では七十歳以上の社員を「プラチナ社員」と呼んでおり、「貢献してくれた一番大切な人材との思いで『プラチナ』と呼ぶようにした」。性別や年齢を問わず、誰もが多様な働き方ができるよう心を配る。

斉之平さんが手元に置く、渋沢栄一の「論語と算盤」復刻版=春日部市で

 渋沢は戦災孤児救済のために設立された「東京市養育院」(現在の都健康長寿医療センター)の院長を生涯にわたって務めるなど、福祉活動に注力したことでも知られる。斉之平さんも社業とは別に、春日部市の児童養護施設「子供の町」の運営に理事長として携わる。経営手腕とともに、こうした取り組みが評価され、県が企業経営者を表彰する二〇一五年度の「渋沢栄一賞」を受賞した。
 ただ、昨年からのコロナ禍で、生活が苦しくなった家庭からの入所希望が複数寄せられているという。百四十五人の定員でも受け入れきれず、敷地内に新しい施設建設を検討しているが、課題は資金面で広く寄付を募る。
 富むも、貧するも自己責任が声高に叫ばれ、格差が広がる現代だからこそ、斉之平さんは「社会のため」を強く意識する。「渋沢翁の後を追い、事業だけでなく福祉活動にも取り組んでいきたい」。世の中の多くの経営者、働く人たちにも、思いを共有してもらいたいと願っている。 (加藤木信夫)
<さいのひら・しんいち> 東京都出身。一橋大学卒業後、松下電器産業(現パナソニック)を経て、1976年に父親が起こした三州製菓(春日部市)入社、88年同社長就任。県教育委員会委員長などを歴任し、現在は県経営者協会副会長、社会福祉法人子供の町理事長。20年11月「旭日単光章」受章。同12月、三州製菓が「女性が輝く先進企業」の内閣府特命担当大臣表彰に選ばれた。

関連キーワード

PR情報

埼玉の新着

記事一覧