<東日本大震災から10年 つながるつなげる 今できること10年>相模女子大・復興支援学生ボランティア委員会 学生が考え寄り添う

2021年1月4日 07時30分

記念誌作りの打ち合わせをする委員会のメンバー。ウェブ会議システムも使い、それぞれの作業の進み具合などを確認した=相模原市南区で

 「予定通り進んでいないので計画を立て直します」「OGや大船渡の人に連絡したい時は相談してください」。年の瀬が迫る師走の正午すぎ、相模女子大(相模原市南区)の一室に集まった六人とウェブ会議システムで参加した十三人の学生が打ち合わせを始めた。
 東日本大震災発生後の二〇一一年六月から岩手県大船渡市の被災者らを継続的に訪ねている同大の「復興支援学生ボランティア委員会」。六月に活動十周年を迎える委員会のこれまでの活動や、被災者らに聞いた震災の教訓などをまとめた記念誌作りに励んでいる。
 「先輩が築き上げてきた活動への思いを形にし、後輩の将来の委員会運営に役立ててほしい」。委員長で三年の寺倉佳那さん(21)は制作の意図を説明する。
 活動の原点は、震災直後に子ども教育学科の学生が相模原市と友好関係にある大船渡市を訪れ、避難所などで炊き出しをしたこと。翌一二年には学生有志の組織として、委員会の前身団体が発足。昨年二月までに計十九回訪れ、被災者と交流したり、会員制交流サイト(SNS)で大船渡の魅力を発信したりしてきた。

災害公営住宅の被災者とゲームをして交流するメンバー=2019年9月、岩手県大船渡市で(相模女子大復興支援学生ボランティア委員会提供)

 「現地の人の気持ちに寄り添えるように心掛けている」と寺倉さん。高齢者が多いという災害公営住宅では、郷土料理などを囲み、膝をつき合わせて話をしたり、ゲームをしたりする。「話をして元気が出たよ」「また来てね」とうれしそうな表情を見せてくれる。中には「自分だけ生き残ってしまった」との思いを吐露する人もいるというが、副委員長で三年の多胡絵理香さん(20)は「全ての思いをくみ取ることは難しいかもしれないが、少しでも元気になってほしい」との思いで、向き合ってきた。
 震災時小学生だった寺倉さんも多胡さんも、活動を始めるまで大船渡のことをよく知らなかったという。だが今は、「第二のふるさとになった」と声をそろえる。新型コロナウイルス感染拡大で現地を訪れることができなくなっているが、交流再開を願う手紙を書いた。被害を受けながらも前を向き、自分たちを温かく受け入れてくれる現地の人たちをいつしか「家族のように大事な存在」と思うようになり、「大切な人の力になりたい」との気持ちが、活動の原動力になった。
 三年生は記念誌を完成させて三月に委員会の運営から退き、先輩から受け継いだバトンを後輩に託す。寺倉さんは「今の活動に満足せず、大船渡のためにできることを見つけて行動に移してほしい」と願っている。 (曽田晋太郎)

◆地域活性化の支え
大船渡市企画調整課の熊谷祐希さん(24)

 大船渡市は岩手県沿岸南部に位置し、人口約3万5000人。東日本大震災では主に津波の影響で、死者340人、行方不明者79人、5592世帯の建物が全半壊するなどの被害が出た(昨年9月30日現在)。市は今、復興の総仕上げに向けて着実に歩みを進めている。被災者の心のケアをはじめ、相模女子大の学生の行動力、発想力は大船渡の復興と地域活性化の大きな支えとなっており、震災直後から継続して足を運んでくれて、大変ありがたく感じている。

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