スポーツの意味を証明するため、戦う ボクシング・岡沢セオン<スポーツの力 信じて前へ アスリートの思い>

2021年1月5日 06時00分

昨年3月のアジア・オセアニア予選で東京五輪代表を射止めた岡沢セオン㊨。その後の豪雨被害を経てアスリートの役割を再確認した=アンマンで(共同)

 東京五輪ボクシング男子ウエルター級代表の岡沢セオン(鹿児島県体協)は昨年7月、拠点の鹿児島県鹿屋市で豪雨被害に遭った。被災したジムは多くの支援を受け、「スポーツの価値」を肌で感じ、考え方に変化が生じた。コロナ禍における五輪の意義を考えたとき、過去の五輪代表より「選手の役割と責任は重い」と説く。(森合正範)

◆世の中に求められているのか

 〈スポーツの価値とは何か。岡沢には明確な答えがなかった。ひょっとしたら自己満足かも…。そんな思いもあった〉
 アマチュアボクシングは特別スポットが当たる競技ではないし、露出が多いわけでもない。目に見える範囲の人しか自分のことを見てくれていない気がしていたんです。
 世の中から求められているのか。意義があるのか。スポーツって、自己満足と世の中に対して何ができているのかの境目がすごく難しいと思っていたんです。

◆ショックよりも、焦りや不安

 〈昨年7月上旬、拠点とする鹿屋市のジムが豪雨による浸水被害を受けた。床上浸水で電気器具は使用できなくなり、床は反り上がった。ランニングマシンは4台全て故障し、思い出のグローブは泥だらけになった〉

大切にしてきたグローブは、多くが泥だらけになり、水分を含み、処分するしかなかった

 前夜から雨が降り始めて、「明日は朝練がないかな」と寝ていたら、緊急速報が鳴って「避難してください」と。慌てて外を見たら、家の前が増水して川のようになっていました。僕は2階に住んでいたので助かったのですが、救命ボートが出ていたりして。
 昼くらいに水が少し引いて、ジムに行ったんです。いろんな人から「ショックだったでしょ」と言われたけど、「どこから片付けていいのか」「数カ月練習できないのでは」「どうしよう」と焦りや不安の方が大きかったです。

◆「私も頑張ろう」と思ってくれた

 〈ジムの練習生、地域の人たちの手伝いもあり、片付いたのは約2週間後。復旧支援のため、すがる気持ちでクラウドファンディングを始めると全国203人から208万4280円が集まった〉
 この地方の一ジムに全国各地から寄付してくれる方がいて、グローブとか物資も届いて。目に見えていなかった人たちとのつながりを感じたんです。自分がやってきたこと、ボクシングを頑張っている姿を見てくれる人はたくさんいたんだなと思いました。
 〈手違いで返礼品のTシャツの発送が少し遅れ、50人以上に直接電話をかけた。そのとき、「スポーツの力」を肌で感じる〉
 「遅れてすみません」という連絡と、感謝の気持ちを直接伝えたかった。そうしたら「金メダル楽しみにしています」「頑張ってください」とすごく励まされて。ああ、スポーツは自己満足じゃないんだな、僕の試合を見て、いろんな感情になったり、「私も頑張ろう」と思ってくれる人がこんなにいるんだなと身に染みて分かったんです。
 今まで漠然と「東京五輪で皆さんに勇気を与えたい」と言ってきました。本当に思っていたことなんですが、心の底からの言葉だったのか…。今回、スポーツの力や自分が求められているとすごく感じて、今ははっきりと強い意思を持ってそう言えるんです。
 感謝の気持ちを持って、多くの人に金メダルを届けたい。コロナ禍、豪雨を乗り越えたからこそ、人に伝えられる、意味のある金メダルになるんじゃないかと思います。

◆五輪を意味あるものにする大役

 〈五輪の意義とは何かを考えるとき、代表選手としての責任を痛感する〉
 五輪の意義が議論されたり、コロナ禍でやって意味があるのか、と言う人がいます。なので、五輪を意味あるものにしないといけない。それができるのはやっぱり選手なんです。
 誰も五輪を望んでいない、開催できないような状況なら、仕方ないと思う。だけど、開催されたときに意味があったのか、なかったのか。一番大切なのは僕らの戦う姿だと思うんです。僕ら選手一人一人が五輪をやってよかったとみんなに思ってもらえる試合をしなくてはならない。その責任って、今までの五輪代表より重いと思う。今回の代表選手は大役を任されている。
 僕はそれを証明する舞台がほしい。コロナ禍で開催される五輪の意義、スポーツに意味はあるよ、と表現するため、僕たち選手は必死に頑張らないといけないんです。

 おかざわ・せおん 東京五輪男子ウエルター級代表。ガーナ人の父と日本人の母を持つ。日大山形高でボクシングを始める。2019年のアジア選手権準優勝、世界選手権ベスト8。右ジャブ主体のアウトボクシングが得意なサウスポー。日大山形高から中大出。鹿児島県体協。179センチ。25歳。山形県出身。

◆悩んで成長した選手こそ

 昨年7月下旬、岡沢はジムの修復作業と同時に、減量に取り組み始めた。試合があるわけではない。普段の体重77キロからの厳しい食事制限。ちょうど1年後に五輪の決勝が行われる予定の8月3日、体重計に乗った。
 表示は五輪のウエルター級リミットの69.0キロ。「よしっ」とスイッチが入った。「あの時が新しいスタート。五輪が延期になって、新型コロナや豪雨の影響で(競技は)少しゆったりしていた。一つの区切りとして減量をして、気持ちを入れ直した」。1年後をイメージし、新たな挑戦が始まった。
 スパーリングは9月下旬から再開。技巧派のアウトボクサーは接近戦を挑むなど幅を広げようとしている。「目指すのはメダルでなく金。もっと工夫ができる。コロナの状況では、ボクシングと向き合い、悩んで成長した選手が勝つと思っている」。ボクシングをできることに喜びを感じ、自らを磨き続ける。

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