<民主主義のあした>「香港が払った代償は、民主主義国家への警告」イギリスに亡命の香港民主活動家 サイモン・チェンさん

2021年1月6日 06時00分

香港の民主主義の正統性を訴えるサイモン・チェンさん=本人提供

 中国政府が直接統治を強め、民主や自由が踏みにじられる香港。国家安全維持法(国安法)施行後の民主派弾圧はその象徴ともいえる。英国に亡命後、将来世代が香港に戻れる日まで民主の種火を残そうと、海外に移住した香港人が投票権を持つインターネット空間の議会を創設した在香港英総領事館元職員のサイモン・チェン(鄭文傑ていぶんけつ)さん(30)に聞いた。 (聞き手=上海・白山泉)

◆民主社会を実現することは困難に

 もう香港に自由はありません。抗議デモもできず、全体主義の統治が当たり前のようになり、市民の思想や言論にまで犯罪容疑がかけられる。法律は統治者の道具になってしまいました。状況はあまりに厳しく、いまの香港で民主社会を実現することは困難です。
 リンカーン米大統領の「人民の人民による人民のための政治」、そして中国の革命家・孫文が唱えた「民族、民権、民生」。この二つの「三民主義」が私の民主主義思想の基盤です。
 前者は民主社会の本質です。社会的な権利は民にあり、民が公平な仕組みの下で公共の利益のために社会を運営する。後者の民族とは、立場が違う人が融和しながら団結すること。民権は選挙などを通じて政府を形づくり、三権分立による抑止力で権力の腐敗を防ぐ。民生は人民の平等を主張する権利です。
 いま世界では民主制度が後退しつつあり、挑戦にさらされています。多くの政府が「政策効果」に重点を置くあまり、民主と自由の価値観がおろそかにされているようです。民主国家の経済力が衰える一方、非民主政権の国々が「富国強兵」を目標に社会を発展させれば、民主社会の価値は否定されかねません。

◆価値観の違いくっきり

 香港で大規模デモが起きた時、中国政府は社会不安の原因について「経済停滞や住宅価格の高騰で、若者が物質的な生活に不満を覚えているため」と考えました。こうした分析こそ中国と香港の価値観が違うことを表しています。
 そして最近、「富国強兵」を目指す中国共産党の習近平政権が香港での権力を拡大させようとする中で、衝突が起きました。
 香港が払った代償は、民主主義制度を持つ国々への警告です。民主主義が国際社会で主流であり続けられるかは、これからの人類が人への思いやりある価値観を大切にできるかどうかで決まると思います。

◆「影の議会」で闘い続ける

 昨年12月、世界中の香港人に民主的システムを届けるため、インターネット上の議会「影の議会」を創設しました。暴力やカネの力で統治する中国当局のやり方を広めたくないからです。デモが実施できなくなり、有名な民主活動家たちが拘束される時代に、香港人が民主主義のために闘う代替的な手段です。
 特定の政治的立場によるものではありません。海外に逃れるなどして世界に散らばった香港人がネット上で投票し、選ばれた代表者らが自由なネット空間で議論する。政策の分析や国際機関に提言することで香港の民主化運動に新しいエネルギーを注入できると思います。

◆拘束、尋問そして拷問

 私は英総領事館の職員として、巨大経済圏構想「一帯一路」に関連する経済政策を担当していました。2019年夏に香港政府への抗議デモが激しくなり、警察が力ずくでデモ隊を鎮圧する中、総領事館サイドからデモの行方も見守るよう指示されました。
 それが同年8月、高速鉄道の香港西九竜駅構内にある中国側境界で当局者に拘束され、広東省深圳しんせんに連行されました。
 その後、尋問と拷問を受け、精神的に壊れそうになって泣きだした時、政治教育が始まりました。「なぜ民主主義を信じるのか」と問われ、1000枚以上のデモ参加者の写真を見せられ、知っている人物の政治思想を聴かれました。中国当局はデモ隊の組織図をつくりたかったようです。
 そして買春容疑、祖国に背いたこと、虐待を受けていないことを「認める」条件で釈放。19年11月に英国に亡命した後、国家維持法違反で指名手配されました。後をつけられていると時々感じるし、「エージェントがおまえを見つけて中国に連れ戻す」という恐喝メールが届いたこともあります。

◆脅しには屈しない

 深圳で起きた事実を話し始めることで、中国当局から攻撃を受けることは覚悟していました。でも、脅しに屈するつもりはなく、これかも活動を続けます。香港人を香港から救い出し、海外に香港人のコミュニティーをつくること。そして世界に散った香港人がネット上で討論する「影の議会」を構築することです。
 中国の民主化は当面、望めないでしょう。強権的な全体主義が強まる中、市民は国内の人権侵害などの問題を知るよしもありません。たとえ知っても、ある程度は許容すると思います。少数の勇気ある反抗者には堪え難いことになりますが、従順な市民の日常には、あまり関係ありません。
 しかし、長い目で見れば物質的に満足した人々は権利意識を高め、さらに高いレベルを求るはずです。だからこそ習近平政権は民族主義や愛国主義のスローガンを叫び、豊かな都市部の人々の心の穴をふさごうとしているのです。
 これでは何も解決しません。たまったストレスが全体主義体制に対する圧力となり、そこに内部の抗争と外部の衝突が重なれば、共産党政権が変質し、民主化への道を開く可能性もあるでしょう。

◆故郷に持ち帰りたいもの

 いまは想像しにくい未来ですが、中国の長い歴史を振り返れば、あり得ることです。日本や国際社会の皆さんには民主と自由の制度がいかに重要なものであるかを理解してもらいたい。それは全体主義政権が乱用する権力から、市民を守るために欠かせないものだからです。
 思い出すのは香港に残した家族や友人のことです。いつか国際情勢が変化すれば、香港を離れた人たちが故郷に戻れる日が来るかもしれない。その時に、影の議会で引き継いだ民主主義を香港に持ち帰りたい。自分ではなく、子や孫の世代になったとしてもです。

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