浅田真央が教えてくれた「勝利の先」にあるもの 五輪初採用の空手・植草歩<スポーツの力 信じて前へ アスリートの思い>

2021年1月6日 06時00分
 空手の選手は、長らく五輪の舞台を夢見てきた。東京五輪で初めて採用され、2024年パリ五輪では実施されない。東京五輪組手女子61キロ超級代表の植草歩(JAL)は未来を背負っている。第一人者は何を考え、悲願の舞台で何を見せようとしているのか。(森合正範)

昨年12月の全日本選手権で久しぶりの試合に臨んだ植草歩(左)=日本武道館で

 〈忘れられないシーンがある。植草にとって、あれが「スポーツの力」なのかもしれない〉
 大学生の時、空手と競技性は全く別なんですけど、(フィギュアスケート女子の)浅田真央さんのソチ五輪を見て、鳥肌が立ちました。ショートプログラムは出遅れて(16位)、フリーで最高の演技。大学の同期と夜中まで起きていて、見入ってしまった。本当に魅了されました。
 結果を求められるのがアスリートだと思っていたし、当時の私は勝ちたい、一番になりたいという一心でした。だけど、諦めない姿、逆境でもやり切る演技に感動して、勝利以外でも、大きな力を与えられるのがスポーツの素晴らしさなんだなと感じました。

◆引退を先延ばしてでも伝えたい「日本発祥」の魅力

 〈空手が東京五輪の追加競技になる可能性があり、引退を先延ばしにした。五輪で人生が変わった〉
 空手が五輪に選ばれなければ、社会人でやってもあと2年。当時の夢は体育の先生でした。五輪のおかげで人生が大きく変わった。ずっと五輪を追い掛けてきたんです。
 多くの人が見てくれる舞台で空手の魅力を伝えたい。似ていると言われるテコンドーや(同じ武道の)柔道もそれぞれ良い部分がある。日本発祥の空手の魅力、楽しさを伝える場にしたいと思います。
 〈空手はパリ五輪で実施されず、「次」がいつあるのか分からない。唯一の五輪代表になるかもしれない。自分の存在意義とは何だろう〉
 五輪が延期になって、トレーナーさんに「植草はどんな自分になって、五輪で優勝し、どんな人になりたいんだ」と聞かれたんです。どんな自分? 何も答えられなくて。ただ、強くなって勝ちたいんですよと。
 でも、これまで空手界は他人に任せ切りで空手だけしていればいい風潮。私は筋力トレーニング、メンタルを脳科学的、心理学的にも勉強したし、栄養士さんをつけたり。空手界がやっていなかったことをしてきたつもりです。
 五輪を知っている選手は空手界で私たちだけになる。なので、そういうことを伝えて、さまざまな選手にアプローチできるように。サイエンス(科学的)に伝えられる人になって貢献したいですね。

◆本当に一生に一度、五輪をやれたら

 〈一方でコロナ禍で「五輪どころではない」という反対の声もある。自分にとっての空手とは何かを考えた〉
 私は競技をして、成績を出すことで収入を得ている。仕事でお金をもらっている方々と一緒。働いている意識を持っています。応援してもらい、お金を頂いている以上は試合に出て、勝って、皆さんに空手の魅力を伝えたい。コロナ禍で…と言われてしまうんですけど、本当に一生に一度。五輪をやれたらなあ。
 私は2年前まで普通の会社に勤めていた。その後、JALさんにスポンサーについてもらって。でも、スポンサーさんからお金をもらっているのに試合もないし、露出もない。ギブ・アンド・テークができていないんですよね。自分は何も返せていない、表現する舞台がないと思って、SNS(会員制交流サイト)やユーチューブで積極的に露出をと思ったんですけど。
 最初はモチベーションも大丈夫でしたが、ただ練習して寝る生活。毎日家にこもって、どんどんネガティブになって、「ああ…」と沈んでいく。それが練習して汗をかくと「なぜ悩んでいたのか」「どうでもいいな」と一気に気持ちも変わる。スポーツにはそういう力もあるんです。
 〈あの時の浅田さんのように人々を照らす、明るく、大きな力になりたいという〉
 今こうやって暗いニュースの中で明るい話題だったり、みんなが元気になるものを出せたらいい。「スポーツの力」とは世の中を明るくすることだと思っています。アスリートはみんな人生を懸けている。そういう思いが詰まって、パワーだったり、その人のドラマや感動を社会に与えられるのではと思っています。

◆ベテランに重い1年延期「これは運命。もっと強くなれる」 

 東京五輪開催時には29歳。ベテランに「1年延期」が重くのしかかる。植草は「これは運命。あと1年でもっと強くなれる」と前を向いた。
 空手は海外遠征など連戦続きで、これまでは過去の試合をじっくり反省する機会がなかったという。自宅で過ごす時間が多くなり、「自分の良い点、悪い点をしっかりと見つめ直すことができた」と収穫をあげる。
 一方で、密着競技の空手は練習が制限され、対人稽古が再開されたのは昨年9月に入ってから。新型コロナ感染防止のため、少人数に絞り、頭部を覆う防具「メンホー」の口元を小型シールドで覆って着用。慣れない環境下で練習に励んできた。昨年12月の全日本選手権では10カ月ぶりの試合に臨み、3回戦敗退。「距離感だったり、いつもと違うなっていう雰囲気があった」と悔しさをにじませる。
 長らく憧れてきた夢の舞台へ。「世界がコロナ禍で私だけのことではない。乗り越えて、五輪に向けて、一日一日を大切にして強くなっていく」と強い意志を言葉にした。

うえくさ・あゆみ 組手女子61キロ超級の東京五輪代表。女子68キロ超級では、2016年世界選手権で初優勝、18年は2位。18年ジャカルタ・アジア大会優勝。体重無差別で争う全日本選手権は15~18年に女子初の4連覇。千葉・日体大柏高、帝京大を経て、JAL所属。168センチ。28歳。千葉県八街市出身。

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