<東日本大震災10年 忘れられた被災地>(5)漁業 海洋放出 募る不安

2021年1月6日 07時21分

水揚げされたイカを選別する根本経子さん=ひたちなか市で

 昨年末の午後一時すぎ、根本勝一(かついち)さん(68)の底引き網漁船「大洋丸」が那珂湊漁港(ひたちなか市)に帰ってきた。待ち受けていた妻の経子(きょうこ)さん(64)らが、水揚げしたヤリイカやマイカを手際良く選別していく。経子さんは「イカは漁の時間が短く、水揚げ後の仕分けもしやすい。体はだいぶ楽」と笑う。
 二〇一一年三月十一日、那珂湊漁港周辺も推定で三・八メートルの津波に見舞われ、漁港に面した根本さんの自宅は浸水した。船は勝一さんが急いで沖に出し、大きな損傷は免れたものの、数日間は、自宅や那珂湊漁協事務所の片付けに忙殺された。一方、停電でテレビが見られず、東京電力福島第一原発事故については「すぐには自分たちに降り掛かる問題として実感できなかった」(経子さん)。
 福島県の被害にばかり注目が集まるが、原発事故は本県の漁業にも大打撃を与えた。コウナゴから基準値を上回る放射性セシウムが検出されたのを皮切りに市場での取引拒否に直面。最大で計二十八魚種が出荷制限や操業自粛に追い込まれた。
 三十種類ほどの魚をとっていた大洋丸。原発事故から一カ月半後の四月下旬、ひとまず漁を再開した。いろいろな魚を試験的にとっては放射性物質の濃度を測定し、市場に出せる魚種を探る。ようやくたどり着いたのがイカだった。基準値超の放射性物質は検出されず、価格も安定していた。「次から次へ『これでどうだ、あれでどうだ』と。とにかく夢中で頑張ってきた。思い出すと涙が出てきますね」と経子さんは振り返る。
 出荷制限などの規制は一七年三月にすべて解除され、近年はマイワシやサバなどの漁獲増が生産量全体を底上げしている。根本さん一家も二年前に思い切って新しい船を買った。
 そんな一家の希望に水を差しかねないのが、福島第一原発にたまる処理済み汚染水の処分問題だ。海洋放出が既定路線になっているが、那珂湊など十漁協が加盟する茨城沿海地区漁業協同組合連合会は「絶対反対」と抗議してきた。勝一さんも「おそらく魚の値段は半分以下になる。あれだけはやめてもらいたいというのが本音だ」と語気を強める。
 もうひとつ漁業者たちのなりわいに影を落とすのが、新型コロナウイルスの感染拡大だ。
 「居酒屋の営業時間が制限させられたりで、宴会用の高級魚が暴落して金になんねえ。ダブルパンチだっぺ」。久慈町漁協(日立市)の木村勲組合長(76)は、真っ黒に日焼けした顔に苦悩の表情を浮かべる。
 タイなどの操業自粛は一六年までに解かれ、少しずつ水揚げを再開。価格が戻りつつあったところをコロナ禍が襲った。
 木村組合長は、これに海洋放出が重なれば三重苦だと嘆く。「風評被害は何年続くか分かんねえ。漁師はメシを食えなくなるし、船さ乗る後継者もいなくなる」
 政府は当初、昨秋にも海洋放出を決める方針だった。だが全国漁業協同組合連合会(全漁連)の反発は激しく、年内の決定を断念。ひたちなか市など衆院茨城4区選出の梶山弘志経済産業相は「いつまでも先送りできない」と繰り返す。節目の3・11を前に、漁業者たちの不安は募る。 (宮尾幹成)=おわり

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