<民主主義のあした>「面倒くさく手間がかかるものを みんなでつくり、育て、強くする」辻元清美衆院議員

2021年1月7日 06時00分
 与野党が熟議して法案を吟味し、政府を監視するという民主主義の根幹を担っている国会。近年、自民党が圧倒的多数を占める「1強」の下、監視役として機能していないと問題視されている。安全保障関連法をはじめとした国会論戦や、国会運営の現場で政府・与党と渡り合ってきた辻元清美衆院議員に、国会や民主主義の再生について聞いた。

 つじもと・きよみ 1960年、奈良県生まれ。早大在学中に国際NGO「ピースボート」設立。96年衆院選で初当選し7期目。民主党政権で国土交通副大臣、首相補佐官。2017年の立憲民主党結党から約2年間、国対委員長を務めた。現在は副代表。

◆ひなと親鳥が内と外から殻をトントンしてふ化するイメージ

 民主主義と聞いて真っ先に思い出すのは、安保法案を審議していたときのことです。大勢の若者たちが国会を取り囲みました。誰かが「民主主義ってなんだ!?」と声を上げると、周囲が「ここだ!」と応える。おかしいと思ったら集まって声を上げる、これこそが民主主義なんだという、本質を突いた言葉でした。
 私たちは連日の国会審議でふらふらだったんですが、あの声が議場にも響いてくるんですよね。勇気づけられました。国会の中と外が呼応するというか、共鳴し合うことが社会の変革につながっていくと思うんです。卵からひながふ化するとき、ひなと親鳥が殻を内側と外側からトントンやって割れると言われますが、そういうイメージです。

 こうした反対の声が広がる一方、安倍政権は憲法違反と言われるようなことを、「法の番人」と呼ばれる内閣法制局長官を代えてまで押し通し、最後は数の力で強行採決しました。私は民主主義が壊されつつあると感じていました。
 行政と立法、司法の三権が分立し、お互いに緊張関係を持つことが民主主義の基本的なルールです。しかし、2012年末に自民党が政権復帰して安倍政権が発足して以降、立法府の意図的な無力化とも呼ぶべき状況が進み、行政、とりわけ官邸の権力が肥大化しました。日本学術会議の会員任命拒否問題を見ても分かるように、菅義偉首相もそれを引き継いでいます。

◆小選挙区制、批判忌避、閣僚の6割が世襲…もっと多様性を

 なぜ、こうしたことが起きるのか。一つは選挙制度の問題です。衆院に小選挙区が導入され、政権交代が起きやすくなる一方で、圧倒的多数派をつくりやすくなりました。与野党伯仲になかなかならず、中選挙区制時代にあった与党内の緊張感も薄れた。与党の執行部に公認権が集中し、ゆがんだリーダー集団が権力を握ると、同じ体質の人ばかりが増えてしまう。異論を言いづらい雰囲気になっているんです。

インタビューに答える辻元清美衆院議員

 もう一つは、経済のグローバル化が進み、格差が拡大したことです。かつては分厚い中間層が、民主主義とか平等とか、差別の問題をリードしてきた。今は社会が二極化し、一部のもうかる人たちが新自由主義的で弱肉強食的な政策を容認し、弱い人たちは自己責任論を押しつけられている。身の回りのことで精いっぱいになって、国会に関しても「野党は批判ばかり」といって批判を忌避するような風潮が、若い人を中心に広がっているのではないか。しかし、それは民主主義を履き違えていると思う。立法府、特に野党には行政監視機能が求められています。権力をチェックする人がいないと民主主義は壊れます。
 世襲の問題も大きい。自民党議員の4割、菅内閣では閣僚の6割が世襲議員です。1人1人の議員が悪いわけではありませんが、いくら何でも多すぎます。民間だって親族が4割を占める会社は成功しないでしょう。なかなか現実を見ることができないような人もいる世襲議員の集団が、政治を独占していることが健全な民主主義を阻害していると思います。
 民主主義にはもっと多様性が必要なんです。ニュージーランドは新型コロナウイルス対策がうまくいっている国の一つですが、女性や少数民族、LGBTなど多様な人を政権に取り入れています。さまざまな立場や意見の人を意思決定の場に入れることは、健全な民主主義にとって欠かせません。日本の政治にも多様性が生まれると、健全な民主主義につながる芽をつくることができると思います。

◆いろんな考え方や立場の人たちが共感、納得する政治を

 政治家になってから誹謗中傷を受けたりデマを流されたりしてきましたが、安倍政権以降、増えたように感じます。「桜を見る会」の問題で安倍晋三前首相を追及していたとき、「これはコロナに感染した血だ」といって血のようなものが付いたものや、カミソリの刃が送られてきたこともありました。
 今の社会で、人々が自分と違う意見に耳を傾けられなくなっている根底には、やっぱり政治の問題があると思っています。米国や日本をはじめ、自分と意見の違う相手を攻撃し、分断して統治しようという風潮が世界的にまん延しました。安倍さんは選挙の街頭演説で、政権批判の声を上げる聴衆に「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言い放った。国民を指さして攻撃しろと言わんばかりの言動をする人が一国のリーダーになれば、そういう行動を認め、促すことにつながるのではないでしょうか。
 逆に、政治が寛容で包摂的な、多様性のある指向性を出せば、社会全体に染み渡るんじゃないかと思っています。
 私は政治家になる前、国際交流を行うNGO「ピースボート」を設立し、市民運動に携わりました。ピースボートが企画する船旅にはいろんな考え方や立場、年齢の人たちが参加します。そんなバラバラな人たちをまとめていくには、多様な意見を吸収し、納得感を持ってもらえるかが大事。そのときの経験は政治の場面でも役立っています。
 私がやりたいのは共感の政治。恐怖政治とか、リーダーが「こっちに従え」と言うんじゃなくて、必ずしも全面的に賛成できなくても、この辺で仕方ないかと全体的に納得できる。そうした共感と納得の政治を目指したいと思っている。

◆「これで100%完璧」とはならない

 民主主義って面倒くさいんですよね。手間がかかる。立場や考え方の違う人たちと合意形成をはかっていく努力を続けていかないといけないから。完璧にこれで100パーセントということはありません。
 私が「新しい民主主義のつくられ方だ」と感じたのは、昨年の通常国会に、検察官の定年延長を可能にする検察庁法改正案が提出されたときのこと。官邸が東京高検検事長だった黒川弘務氏を検事総長にしようと考え、それを後付けで正当化しようとしたわけですが、多くの人が「#検察庁法改正案に抗議します」とツイッターに投稿し、成立を押しとどめさせました。ツイッターデモと言われましたが、民主主義が権力の暴走を止めたと思います。
 安保法のときに若い人たちが国会を取り囲んだのが新しい民主主義の第1弾。ツイッターデモはその第2弾と言えるのではないでしょうか。
 国民の皆さんにも言っておきたい。民主主義って、放っておいてできるものではなく、みんなでつくり、育て、強くするもの。「女性は平気でウソをつく」と発言した自民党議員がいましたが、こういう人を選ばないことも有権者の責任です。民主主義とは、お花畑のようなものではなく、1人1人の行動にかかっている、厳しいものなんです。(聞き手・木谷孝洋)

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