<目黒新聞>目黒区にない目黒駅 追い上げ伝説って何?

2021年1月7日 07時19分
 東京には62もの区市町村がある。それぞれの街には何があり、どんな人たちが住んでいるのか。担当記者が「編集長」になって、一つの街を掘り下げる。

品川区上大崎にあるJR目黒駅

 JR目黒駅は品川区にある。駅名が地名と異なる例は品川駅(港区)などほかにもあるが、目黒区には、地元農民が反対し、駅を品川区側へ追い上げた事件の伝説がある。その真相やいかに−?
 目黒駅は明治十八(一八八五)年開業。目黒区のホームページなどによると、山手線(当時は民間の日本鉄道)は、当初の計画では目黒川沿いに渋谷へ続く予定で目黒駅も現在の同区内に造られるはずだった。しかし、地元農民が煙や振動が農作物に及ぼす影響を心配してねじり鉢巻きで行進し、駅を権之助坂の上へ追い上げた−。これが「追い上げ事件」伝説なるものだ。
 国立公文書館の明治十五年の資料「東京高崎間鉄道線路図」には、目黒川沿いに目黒不動近くを通る、現行とは異なる路線が描かれている。「追い上げ事件」で変更されたのか?

国立公文書館所蔵の明治15年の資料「東京高崎間鉄道線路図」。現行とは異なり、「品川ステーション」(右端)を出た後、目黒川沿いに目黒不動あたりを通る線路が描かれた(北が上になるように元図を回転)

 伝説が気になった人は過去にもいたようで、一九六二年に目黒区郷土研究会が発行した雑誌「郷土目黒」に、追い上げ事件の考察が載っている。区史編集の座談会などで古老らが「電線に雀(すずめ)が集まり穀物を荒らす」「鉄道の煤煙(ばいえん)で田畑が荒らされる」など伝聞を語る一方「全く何も知らない」と言う古老もいたという。
 反対陳情書など物証はなく、原稿の筆者は、反対運動はたいした動きではなく「目黒駅は当然あるべき場所に置かれた」と推察する。現行ルートの方が運転時間の短縮になること、中目黒や上目黒方面に駅を作れば、北にいくと尾根が高くなり工事が難しいことなども根拠に挙げる。
 しかし難工事というなら切り通し区間が続く現行ルートも同じ。めぐろ歴史資料館研究員の横山昭一さんは地形図を広げ、線路の曲線の「不自然さ」を指摘。五反田駅を出ると西に膨らんだ後、目黒駅の手前でくねっと東に曲がり丘陵地に突っ込んでいるのだ。「目黒川沿いに線路を敷く方が効率がいいと思うが、反対があって今のルートになり、それが伝説となったのだろう」と話す。郷土研究会発行の別の雑誌「目黒の近代史を古老にきく」にも、その不自然さを指摘する声があった。
 真相は謎のままだが、「住民の反対で駅の場所が変わった話と、元々そうだったという話はあちこちにあるが、文書などの根拠は残ってない例が多く、目黒駅の場合も同じ」と言うのは、「山手線誕生」の著書がある鉄道作家の中村建治さん。
 創設当時は外国製の蒸気機関車。燃料の石炭の質が悪く、噴煙で沿線の民家が火事になることもあったという。「そうした鉄道を恐れた農家はいただろうし、火のないところに煙は立たず、反対があったという古老の話は信じていいのでは」と、中村さんは話した。

◆青色申告発祥の地

目黒青色申告会館の前に設置された「青色申告端緒の地」記念碑。喜多村実氏八男の喜多村豊公開経営指導協会理事長(左)と橋本良子同申告会理事長

 わが国の所得税は、納税者が自ら税法に従って所得金額と税額を計算し、申告して納税する「申告納税制度」を採っている。その中で個人事業主が帳簿に基づき行う「青色申告」は、実は目黒発祥だという。
 申告納税制度は戦後間もない一九四七年、連合国軍総司令部(GHQ)の民主化政策の中で導入された。しかし当時は税率が高く、正直に申告しては経営が成り立たないなど矛盾や問題があった。
 そこで目黒区の洋品店経営者・喜多村実氏が、現在の学芸大学駅前で実験店舗を開業。日々の収支を公開する「ガラス張り経営」を始めた。
 この店の経営資料が日本の公正な税制を勧告するため来日したシャウプ使節団に提供され、五〇年施行の青色申告制度の端緒に。施行七十周年を迎えた昨年十一月、同区中目黒に「『青色申告』端緒の地」記念碑が建立された。

◆目黒区

 1932年、東京府荏原(えばら)郡目黒町と碑衾(ひぶすま)町が合併して目黒区に。人口は28万1531人(昨年12月1日現在)。昭和の初めごろまでタケノコ栽培が盛んだった。落語「目黒のサンマ」にちなみサンマをふるまう「目黒のさんま祭」でも知られる。
★目黒−日吉間13駅を結ぶ「東急目黒線」でも、目黒区内に駅があるのは実は「洗足」だけ。ほかは品川区や大田区などにある。
★目黒区総合庁舎はかつては保険会社の本社ビル。社員の福利厚生のための和室3室と茶室が今もあり、登録団体は利用できる=写真、区提供。

◆編集後記

 目黒駅が品川区にある理由がわかる資料を求め、さいたま市の鉄道博物館ライブラリー(予約制)を訪ねると、十点近い書籍やリーフレットを紹介された。一冊読むと別の関連本を読みたくなるスパイラルに陥り、さらに何冊も読んだが、結果は記事の通り。今は「伝説にすぎない」主張への支持も強いようだが、個人的には中村さんの意見がふに落ちて、昔の農民の姿が頭に浮かぶ気がした。
  文と写真・岩岡千景
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード

PR情報

TOKYO発の新着

記事一覧