泉麻人 絶対責任編集 東京深聞 《東京近郊 気まぐれ電鉄》 多摩のモノレールと湖畔の豆電車

2021年1月13日 12時04分

<今回利用したルート>
《京王線》
新宿―高幡不動
《多摩モノレール》
高幡不動―砂川七番―上北台
《西武山口線》
西武球場前―西武遊園地

土方歳三とゆかりのある高幡不動へ

新宿駅の地下ホームから出発する京王線。

 京王線は子供の頃に多摩動物公園へ行くときによく乗った電車だ。惜しくも記憶にないのだが、僕が小学校に上がる寸前の春(1963年3月)までは新宿から初台のあたりまで甲州街道の路面をとろとろと走っていた。
 京王デパートの下の地下鉄になってからも、都営地下鉄に乗り入れる京王新線のホームが別に設けられたりして、乗り場は随分と複雑になった。今回は本線の京王線に乗って、まず高幡不動へ向かう。ところで旅程をプランしたときに、京王ライナーに使われる新5000系が車庫入れなどの事情でたまにやってくる…という噂を聞いて、駅員に尋ねてみたのだが、残念ながら僕らが集合する直前に出たばかりだった。
 9時29分発の特急(といっても特別料金は要らない)に乗車、笹塚の手前で地上に出ると明大前に停車、次は調布まで停まらない。地下駅になった調布を過ぎて、府中のあたりまでやってくると、ようやく郊外電車の気分になってくる。分倍河原ぶばいがわらとつい口に出してみたくなる印象的な駅を通過して多摩川に差しかかると、実によく晴れた本日は川岸の視界が開けた遠方に薄ら雪化粧した富士山がくっきりと見えた。
 聖蹟桜ヶ丘せいせきさくらがおかこれもブバイガワラと並ぶ耳に残る駅を過ぎて、高幡不動に到着した。

高幡不動尊は関東三大不動のひとつ。

 駅前から不動の門前へ続く道は、これといって古い店もなく、参道商店街の風情はない。高幡不動でまず目につくのは、玄関の仁王門とその向こうの五重塔だが、ここは護摩修行で知られる真言宗の古刹。毎度おなじみのスタッフTは、東京観光に訪れた外国人の友人をファンタスティックな護摩焚き体験に連れてきたことがあるらしい。
 仁王門をくぐるとすぐ正面にサイ銭箱を置いた不動堂があるけれど、さらに奥の山門の先に大日堂という総本堂がある。そして、五重塔の左手はハイキングコースに続く散歩道に仕立てられていて、少し紅葉の旬は過ぎたが、「いろはもみじ」の札が掛かったモミジの林が広がっている。山際の墓地に「ほどくぼ小僧」なんていう、この土地(程久保、という地名はいまもある)の伝説人の墓と並んで「土方」の姓に刻んだ墓石を見たが、このあたり(とくに浅川北岸の石田地区)は土方歳三の出身地で、境内にはかなりイケメン化された土方歳三像が置かれていた。

ふかしたてのおまんじゅうをいただきました。

 不動見物の後に立ち寄った<元祖 高幡まんじゅう>の店の茶室(まんじゅうが食べられるイートイン)も、土方の写真や肖像画で壁が埋めつくされていた。

車窓からの景色も楽しい多摩モノレール

 さて、今回高幡不動にやってきたのは、不動見物よりもここから多摩都市モノレールにアプローチしよう、という行程を組んだからだ。かなり高い所にあるモノレールのホームに入ると、とりわけ北側の眺望が良い。

多摩モノレールは運転手席の真後ろにも客席があります。鉄道好きならキープしたいポジション。

 そちら北方へ進む上北台行きのモノレールに乗車、銀色ボディーの所々にオレンジ(下方は黄色)のアクセントを入れた、この車両もすっかり多摩の景色になじんだ感がある(この辺の開通は98年)。さっき京王線が多摩川を渡るときに富士が垣間見えたけれど、モノレールの車窓西方には丹沢の山陵と岩山に薄く雪をまぶしたような色合いの富士山が明瞭に望める。駅のホームには、夕陽のオレンジに染まった富士の写真などを入れた沿線絶景ポイントのポスターが掲げられていた。

車窓から見える富士山も多摩モノレールならではのポイント。

 土方の生家(博物館)に近い万願寺の駅を過ぎ、多摩川を渡って立川へ向かう。中心街を通りぬけると立飛たちひという駅があるけれど、その名のもとは立川飛行場。戦前の日本軍から米軍へと続いた飛行場関係の会社が、「TACHIHI(立飛)ホールディングス」という都市開発企業となって、町名にも定着した。モノレールの窓越しに往年の飛行機格納庫と思しき建物も辛うじて見られるが、IKEA(イケア)をはじめとする最近の大型ショッピングモールが目につく。
 モノレールが五日市街道と交差する所にある砂川七番ななばんで降車する。砂川は現在立川市の領域なのだが、かつて(1962年頃まで)は砂川町という独立した町で、中心の道である五日市街道に沿うように一番から十番までの地区名が付けられていた(江戸と反対の西側が一番というのは珍しい西から新田開発が進んだということだろう)。

焼き加減が絶妙な『チャオ』のピザ。

 駅を出てすぐの五日市街道沿いに「チャオ」というイタリア料理屋(ピッツァリア)がある。この店、以前東京新聞で連載していた「ボクが初めて降りる駅」という散歩エッセーで砂川七番を訪れたときに発見したのが最初だ。“2003年12月21日”の掲載だから、もう20年近くも前になる。店の人の話では、経営元が当時と違うらしいが、店名や建物は変わっていない。そのときも注文したマルゲリータ・ピッツア(店内の薪窯で焼く)にパスタにドルチェなどが付くランチセットを味わったが、けっこうなボリュームだ。もちろん味も良い。ピッツァリアというのは、米軍基地に近い土地(昭和30年代初め、基地拡張に伴う住民闘争・砂川事件の暗い印象もあるが)の性格も感じさせる。
 この店がおもしろいのは、背後に明治建築(1910年築)の主屋を残した中野家というお屋敷の敷地に立っていることだ。五日市街道をちょっと歩くと、立派な長屋門などを設えて、庭にケヤキの大木や蔵が見える古屋敷がぽつぽつと残っている。そういう家の塀に阿豆佐味天神社あずさみてんじんじゃの初詣のポスター(取材時は12月)が貼り出されていたが、ここは多摩だるま市や猫の神様などで知られる砂川の氏神様。境内に蚕影神社こかげじんじゃ(養蚕が盛んだった)というのがあって、カイコの天敵のネズミを食うのが猫、なんて流れから愛猫家が集まるようになった、とユニークな説を以前宮司さんに伺った。

多摩湖を目指して上北台からウォーキング

 砂川七番からまたモノレールに乗ると、3つ目の駅・上北台が終点。左窓にずっと遠方の多摩、丹沢の山稜が青く見えていたが、正面前方でプツッと切れた軌道の先には狭山丘陵の緑(というか12月の取材時は赤茶に色づいた)の森が迫っている。

二つの街道とモノレールが交差した珍しい景色。

 立川の北口からこのモノレールの下を北上してきた道は「芋窪街道いもくぼかいどう」と名付けられている。道はまだ一直線に続いているが、上北台の駅の手前で左の方へ枝分かれしていく道が旧道。こちらの道を多摩湖の方へ向かって歩いていくことにする。
 この辺から多摩湖の南側にかけて、町名も芋窪の名が付いている。まぁベタに「イモ畑の多かった窪地」みたいな由来を想像するが、昭和戦前くらいの地図で一帯に広がっているのは先の養蚕のもとの桑畑のマークである。また、井(泉)の湧く窪=イノクボがなまった…という説もある。

木々の間にプラスティックの造形物が突如現れて、びっくり。

 古い町並みを期待して、こちらの旧道を選んだのだけれど、これといって目を引く古家はない。1キロほど歩いた青梅街道とのT字交差点に芋窪の道路標示があり、道向こう右寄りのあたりに豊鹿島神社というのがある。どうってことない地味な神社だが、多摩湖の方へいく出口の脇の山斜面に雑然と置かれた、キノコやシカを象った廃材風の遊具が妙に目に残った。

世の中にはいろいろな看板があるものですね。

 森の中のモーテル風の旅荘(近くに「ホテル街 対向車多し」の交通警告板が出ていたが、どう見てもホテルはココしかない)の傍らを通って、少し道を誤ったりしながら多摩湖の中央を渡る橋に差しかかった。この橋は整備工事中のようで、また車道の交通量も激しく、ゆっくり湖を眺望する雰囲気ではない。昔、小学校の写生会で来た頃は、この辺の堤に座ってのんびり絵を描いたような気がするのだが。

多摩湖周辺は工事中で景色が楽しめずちょっとがっかり。

 橋の前方に西武(メットライフ)ドームの銀色の大屋根が見えてきた。ドームの向こうの西武球場前の駅から最後に西武山口線に乗っていこう、と思っているのだが、橋から続く道の右手に「山口観音 金乗院」と派手なゲート看板を設けた寺が目にとまった。入り口の山門からして香港あたりで見掛ける赤や緑の色調で、石段を上った境内にほぼ同じ格好の多宝塔が2つ、3つと配置されている。謂れ書きを読むと、各所から古い堂宇や山門を集めてきたらしく、つまりテーマパーク風コンセプトの観音寺なのだ(道を挟んで似たつくりの狭山不動尊というのがある)。

周辺に建物がないせいか、かなり巨大に見えるメットライフドーム。

 この山口観音のテーマパーク的コンセプトのもとになったのは、90年代くらいまで存在したユネスコ村ではないだろうか。場所はいまの西武ドームの北東側。オランダの風車をランドマークに世界各国の代表的住居を象ったモデルハウスを緑地の中に配置した、万博センスの遊園地だった。

観光列車から発展した西武山口線

 今回、西武山口線に乗ろうとプランしたのは、この線の前身が多摩湖の東岸の方からユネスコ村まで行く「おとぎ電車」だったからである。豆機関車(僕の時代は小型の電気機関車だった。それが描かれたキップを数年前まで保存していたはずなのだが、見つからない)がトロッコ型の客車を引っぱってとろとろと走っていく。もっとも、「山口線の前身」といっても、起点と終点の場所は異なっている。

ゴムのタイヤでコンクリートの上を走る西武山口線。

 西武狭山線の西武球場前ホームの隅っこ、一段高いところに山口線の乗り場はある。小さなトラム型車両(白地のライオンズカラー)に乗り込むと、サッカー用ドームの脇を回りこむよう進んで、多摩湖自転車道の脇に出る。自転車道と並走する区間は往年のおとぎ電車の軌道だ。やがて右窓の林間にちらりと多摩湖の水景色を見せて、遊園地西の駅に停まるが、この近くにかつて存在した多摩湖ホテルの前におとぎ電車の東側の乗り場があった。いま山口線が出入りしている西武遊園地の駅も、僕がユネスコ村に遊びに行っている頃は多摩湖といったはずだ。(西武遊園地のリニューアル工事に伴って、近くまた多摩湖の駅名にもなるらしい)

PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。



◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/

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