万葉ポピュリズムを斬る 品田悦一(よしかず)著

2021年1月10日 07時00分

◆「国民歌集」の政治性を告発
[評]藤井貞和(詩人・国文学者)

 奈良時代史のなかで不快をきわめる事件は、「長屋王(ながやのおおきみ)の変」(西暦七二九年)だ。王は政敵・藤原氏の陰謀によるらしく、家族ともども死を強制される。こういう事件はまったくやりきれない歴史の暗面で、耐えがたい。
 年号「令和」が発表された時(令和元年<二〇一九>四月)、その出典が『万葉集』巻五の大伴旅人(たびと)の「梅花(ばいか)の宴」の序(七三〇年)にあるとは、すぐに検索できたにしても、品田さんはしかし、それが長屋王事件の翌年であることを特に取り上げ、旅人の真意はそうするとどこにあったかということを、ただちに論じて、その意見はネット上に拡散し、「令和」礼賛の声に隠れる政治性についてつよく告発することになった。明快な趣旨であり、多くの共感を得たと思う。
 『万葉集』は言ってみれば「国民歌集」として読まれ、さらには国威発揚というような国策のもと、一九四二年の『愛国百人一首』では二十三首までを万葉の歌が占める。
 敗戦直後、墨塗りの対象になり、一転して戦後の万葉ブームが訪れ、カルチャーセンターには万葉の講座が必須となる。それがまた揺らぎだし、批判的に分析する研究が現れてくる。その批判的な代表が品田さんだったと、多分言ってよいと思うが、『万葉集』はそれほどにも時代時代に翻弄(ほんろう)される読みを重ねてきた。
 東歌(あずまうた)はけっして民謡とか、単に庶民や農民の歌とか言った内容でなく、定型短歌に特異な中身を詠みこんでおり、地方の豪族層の作歌であると考えなければならないとする。『万葉ポピュリズムを斬る』とは過激な書名ながら、長年にわたる品田さんの万葉学の精髄と受け取れる。
 在位二、三十年ぐらいで退位があって新しい年号になるという道が、このたび開かれた。何となく歓迎したい在り方のような気がする。で、提案として、今回は『万葉集』だったので、次回は『源氏物語』なんか、どうだろう。「若紫(わかむらさき)元年」とか「橋姫(はしひめ)二年」とか。
(短歌研究社発行、講談社発売・1980円)
1959年生まれ。東京大大学院教授。著書『万葉集の発明 新装版』など多数。

◆もう1冊

多田一臣著『万葉樵話(しょうわ)』(筑摩書房)。樵話とは、万葉の森から多数の歌を伐り出す木樵(きこり)になって、興味深い話題と歌の現代語の訳とを併せる、の意。

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