怒りや違和感を書く デビュー30周年 連作短編集『青春とは、』を出版 姫野カオルコさん(作家)

2021年1月9日 12時48分
 恋愛小説に一代記、はたまた痛快なエッセーまで。多彩な作品を世に送り出してきた姫野カオルコさん(62)が昨年、作家生活三十周年を迎えた。節目の年に出した連作短編集『青春とは、』(文藝春秋)の取材を申し込むと、何だか面白いメールが送られてきた。
 <スチールのイス(プロレスラーがリングでたたきこわすような)が置いてあります。そのあたりで待ち合わせることにしましょう>。東京都内、百円ショップと電化製品店が歯抜け状態に並ぶ<廃虚のようなビル>。防火ポスターや視力検査表が無造作に貼られた一角にイスはあり、姫野さんは約束の時間よりも早く現れた。
 「事実度が高いので、ヒヤヒヤしている」という『青春とは、』は昭和五十年代、自身の出身地でもある滋賀県内の公立高校が舞台。主人公乾明子(めいこ)はコロナ禍で家の片付けをする中、名簿と一冊の本を見つけ、高校時代を思い出してゆく。
 理不尽な両親におびえ、家より学校のほうが心地が良かった自身のこと。女性革命家に恋して詩を作った先輩、生徒との関係を怪しまれた養護教諭、「起立」の号令に従わなかった同級生。それらの記憶が流行歌やCMなどとよみがえる。
 面白いのは「今からすれば」の言葉とともに現在の明子に戻り、当時の記憶に解釈を与えることだ。経験を積んだからこそ分かる男女の性欲の違い、膨らんだ劣等感、先生の真の姿…。過去と現在を区別するのは違和感から。「子どもが出てくる物語は、話を無理に進めるためか『太郎はこう思った』とある。でも、子どもがそんなこと思うわけないじゃんって。気になってて」。思い出だけでなく、解釈をあえて書くのは「読む人もあったであろう記憶や、ざらついたものを呼び覚ませてやろうって気持ちがある」という。
 八編のうち、特に最終章は不思議な読み心地だ。二〇二〇年春、明子は満開の桜の下で涙を浮かべる。そこから思い出されるのは、校内で<堀越学園芸能コース>と言われたほど自由で楽しかった三年七組のこと。そして、同じころ経験した、両親との「ただ一度の美しい日」だ。「そんな日があったということが支えになって、ここまで行けたんだなと思うんですね。何でもないことが若い時とは比べものにならないくらい感動する。それは年を取った、ということなんですけど」
 小説やエッセーなど四十作以上を著してきたが、三十周年は「意識したことがなかった」。小学生の時から書くことが好きで、大学在学中から映画評などを執筆。三十歳過ぎ、出版社に持ち込んだ原稿の刊行が即決まり、異例の作家デビューとなった。中学生と教師が恋に落ちる『ツ、イ、ラ、ク』、大正生まれの女性の一生を追った『ハルカ・エイティ』など四作が直木賞候補入り。一四年に時の流れを静かに描いた『昭和の犬』で同賞を受け、一九年には、東大生による性的暴行事件に材をとった『彼女は頭が悪いから』が柴田錬三郎賞に選ばれた。
 物語はどこから? 姫野さんは、多くは「怒りとか違和感から」と言う。書くことで「その正体を自分でも探るし、『自分のように思った』という人もいるはずで。本当は気持ち悪かったり納得できなかったりした人も『そやっ!』って。娯楽が多い中で長文を読む喜びってそういうこと」。
 問題意識が作品の根底に流れるが、文章はどこかユーモラスだ。例えば『ツ、イ、ラ、ク』では嫉妬に狂う女子中学生を突如<末摘花=六条=ルクレチア>と表現する。取材の待ち合わせメールも然(しか)り。「笑わせたいというより、離れるとおかしかったりするじゃないですか。ちょっと引いてこそ文学では」
 この日、姫野さんは中学時代の理不尽な出来事を思い出し、憤っていた。その姿は、デビュー作『ひと呼んでミツコ』の後書きと重なる。女子大生が<さいしょは微妙でも積もれば凶悪ともなる悪>に鉄ついを下す物語。<積もらぬ前からそこに悪の匂いを嗅ぎつけるのは律義な人です>。「何だかおかしい」を見逃さず書いてきた姫野さんは、まさにミツコのようだ、と思う。 (世古紘子)

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