『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ 声なき声を届けたい 子ども虐待 考えるきっかけに

2021年1月11日 07時26分
 昨年『流浪の月』で本屋大賞を受賞した凪良(なぎら)ゆうさんが絶賛している作品がある。町田そのこさんが書いた『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社、1760円)。子どもへの虐待、DVといった社会が抱える問題に向き合う町田さんは「声なき声を届けたい」と話す。 (谷野哲郎)
 町田さんにとって初の長編となる今作は、つらい過去を持つ一人の女性が、虐待を受けている子どもを助けようとする物語。昨年末に発表された書評サイト「読書メーター オブ ザ イヤー2020」で一位を獲得し、第四回未来屋小説大賞にも選ばれた。
 ある事件から逃げるように田舎町に引っ越してきた貴瑚(きこ)は、親から「ムシ」と蔑(さげす)まれ虐待されている男の子に出会う。ぼろぼろの服装、体中のあざ、言葉も話せなくなっているこの子のために何かできることはないか。貴瑚は「わたしね、寂しくて死にそうな時に、聴く声があるんだ」とクジラの声を聴かせる。
 軽妙な筆致に反して、内容は重い。物語が進むにつれてわかってくるのは貴瑚が家族から虐待を受けていたこと。義父の介護を押しつけられ、恋人に暴力を振るわれていたこと。心のバランスを崩した彼女が救われたのが、友人から教わった「52ヘルツのクジラの歌」だった。
 一般的にクジラは海中で歌いながら会話をする。しかし、中には普通のクジラと違う高い周波数で歌うため、自分の声を聞いてもらうことができないクジラがいる。誰にも届かない声なき声。貴瑚は男の子に「わたしは、あんたの誰にも届かない52ヘルツの声を聴くよ」と話しかける。
 町田さんに聞いた。
−物語を書くきっかけは。
 「ニュースで子どもの虐待の事件が流れる度、感情移入して見ていました。私にも子どもがいるので、そういう子たちをどうしたら助けられるのか。考えたことを作品にした感じです」
−タイトルに込めたのは。
 「孤独なクジラの話は以前から知っていて、虐待問題を書きたいと考えたときに、二つがつながったんです。声を上げたくても上げられない子どもたち、声なき声を届けたいと思いました」
−虐待の対策として作中には里親制度も出てきます。
 「虐待児童の養子縁組とか、さまざまなケースを調べました。独身女性が未成年の子どもを引き取って育てるのは本当に難しい。結末を想定しないで書き始めたので、未来につながる形で書き終えたときはホッとしました」
−どういう人に読んでもらいたいですか。
 「何かをあきらめてしまっている人ですかね。例えば、いつも教室に一人でいる子とかがこの本を読んで、『クラスメートにおはようって声をかけてみようかな』とか。もう一回でいいから声をあげてみようと思ってくれたら幸せですね」
−本に助けられた経験が?
 「私、小学校のころいじめられていたんです。でも、登校はして、教室で一人で本を読んでいました。氷室冴子さんが大好きで、本の世界に集中することで、どうにか、明日も頑張ろうと思うことができた。だから、読者から『この本を読んで、明日も頑張ろうと思いました』って感想を言われるのが、一番うれしいんです」
−世界観が本屋大賞を取った『流浪の月』と似ています。
 「凪良さんは憧れの方。以前、『私と町田さんは目線が似ている気がする』と言っていただいたことがありましたが、おこがましいです」
−物語を書き終えて。
 「私が書いた物語より、もっとひどい虐待も実際に起きています。考えるきっかけになればいいなと思います」
<まちだ・そのこ> 一九八〇年生まれ。福岡県在住。二〇一七年、「女による女のためのR−18文学賞」大賞受賞作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)でデビュー。三児の母。

◆記者のもう1冊

 『ぎょらん』(新潮社、1815円)もお薦めだ。人が死ぬ瞬間に最期の思いを込めて遺(のこ)す赤い珠(たま)を巡る連作短編集。老人ホームでボランティアを始めた女子高生を描く「糸を渡す」は涙なしには読めなかった。町田さんは葬儀会社で働いた実体験を基に書いたそう。

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