<わけあり記者がいく>モーニングと医療崩壊 闘病「平和」であってこそ

2021年1月13日 07時06分

新型コロナ感染症患者の治療に当たる医療スタッフ(東京医科歯科大提供)

 「明日はモーニングに行くんだったわね」と妻。「わけあり記者」こと私、三浦耕喜(50)は「じゃあ、早めに出なきゃな」と、開いた自分の手帳に「0730・モーニング」と記す。明朝七時半に妻とモーニングを共にするという意味だ。
 「何てほほ笑ましい夫婦なのだろうか」と誤解してはならない。私が一、二カ月に一度通っている病院には、小さいながらカフェが併設されている。主目的は無論、パーキンソン病の診察だ。でも、「ちょっと早めに出てカフェに行く。そのついでに診察も」というつもりでいれば、通院に関わる不安は、少し和らぐ。
 元来が進行性の病である。悪くなることはあっても、治す手だては、まだ研究中なのだ。自分でも、前回診察より確実に体の動きに切れがなくなっているのが分かる。それを医師が確かめる。「少しジストニア(不随意運動)が出てきていますね。この薬を試しましょうか」。かくして、私はまたも増えた薬の袋を手に、現実に引き戻される。
 例えるなら、努力を重ねながらも、下がる一方の成績表を、毎度、家に持ち帰らざるを得ない小学生の心境であろうか。そんなのが繰り返されれば意気消沈し、勉強が嫌いになる。それが正常な人の正常な反応ではないか。苦しんでいる人を追い詰めてはならない。
 だからこそ、一つだけ、一つだけでいい。何か一つでも「楽しみ」があると、心は多少軽やかになる。
 幼い頃、歯科医院に行き渋る私を、よく母は「帰りに『アンデルセン』に行こう」と連れ出した。地元で一番大きな玩具店、まさに「夢の国」だ。治療後、母は店へ連れて行ってはくれたが、「今日は下見。買うのは今度」と財布を開く気配はない。私は釈然としない思いをかみ締めるうちに歯肉もズキズキと痛み始め、反論もままならない。
 だがそれも、今となってはのどかなエピソードになってしまった。新型コロナウイルスが現れたためだ。モーニングを終えて待合室に行くと、患者たちが食い入るようにテレビニュースを見ていた。白衣を着た医師とおぼしき人々が、疲れ切った表情で各国から口々に言う。「この地域の医療システムは崩壊した」と。
 書いて字のごとし。「難病」は診断も治療も難しい。医師が定期的な診察で薬の効果を見極め、組み合わせを吟味する。夜間を含めた緊急時の対応も必要だ。そうやって患者の命をつないでいく。そのためには病気と症状に詳しい医師の配置をはじめ、薬に関し、原材料から製品化、患者の手に届く流通インフラなど、さまざまなシステムが円滑に動いている必要がある。コロナに病院が「占拠」されたとき、難病患者はどう扱われるのか。
 戦争も難病患者の「命綱」をずたずたにする。一九九七年に改定された日米防衛協力のための指針(ガイドライン)では、不穏な朝鮮半島情勢をにらみ、有事の際の日本の役割を明確化。日本の病院は負傷米兵を受け入れることが想定されている。だが今、どの病院にそんな余裕があるのか。
 今の事態をコロナとの戦争ととらえれば、本当に国家間で戦争が起きたとき、国が国民に何を強いるか、その輪郭を垣間見せているのかもしれない。コロナ禍と戦争。現実の問題として、平和でなければ三浦は生きていくことができない。
<パーキンソン病> 脳内の神経伝達物質ドーパミンを作る細胞が壊れ、手足の震えや体のこわばりが起きる。多くが50代以上で発症し、国内の患者数は約16万人。厚生労働省の指定難病で、根治療法はなく、ドーパミンを補う服薬が治療の中心。服薬は長期にわたり、経済的負担も大きい。
<みうら・こうき> 1970年、岐阜県生まれ。92年、中日新聞社入社。政治部、ベルリン特派員などを経て現在、編集委員。42歳のとき過労で休職し、その後、両親が要介護に。自らもパーキンソン病を発病した。事情を抱えながら働く「わけあり人材」を自称。

関連キーワード

PR情報

シニア・介護の新着

記事一覧