時代をつなぐ奥深きプロの技 作家・加賀乙彦さん父の戦前のフィルム修復の舞台裏

2021年1月15日 06時32分
 元日に本紙で紹介した作家加賀乙彦さんの父小木孝次(こぎこうじ)さん撮影の戦前の東京などの映像。劣化が進んでいた一九三〇(昭和五)〜三七(同十二)年の8ミリ・16ミリフィルムがよみがえったのは、プロによる修復技術のおかげだった。本紙が依頼した東京光音の修復・復元センター(渋谷区初台)の現場を取材した。
 変形したフィルムから酢のような臭いが漂う。「ビネガー(酢)シンドロームです。結晶が浮かんでいるのが劣化の証拠です」。資料保存対策室係長の鈴木伸和さん(40)が解説する。「波打っていますが、この状態ならぎりぎりできます。あと一〜二年もしたら、もうできなくなる」
 文京区本郷の小木さんの旧宅で見つけた三十数巻のフィルムのうち、戦前のものの多くはこうした劣化が進んでいた。それを修復するのがプロの技だ。
 外観を確認した後、引き出して表面を見る<1>。「欠けて白くなっているところもあります。こうなると元に戻せない」。湾曲した表面を押さえ、平らにする。

<1>引き出して見る 「東京光音」の鈴木伸和さん=いずれも渋谷区で

 鈴木さんがアイロンを取り出した。台の上に張ったフィルムを軽く押さえながら伸ばしていく<2>。劣化したフィルムは割れたり切れたりすることがあり、気の抜けない作業だ。「一人前にできるまでには、二〜三年かかります」

<2>伸ばす

 裂けている箇所は、映画用フィルムで補強<3>。形が整ったら水と有機溶剤を使った特製のクリーニングマシンにかけ、表面の汚れを落とす<4>。これでデジタル化の準備が整う。

<3>補強


<4>クリーニング

 次にきれいにしたフィルムをスキャンしてデジタルデータを作成する。揺れやゆがみをチェックし、問題のある箇所はスキャンし直す。最後は「グレーディング」と呼ばれる色補正だ。劣化して退色したフィルムをシーンごとに補正し、元の色に近づける<5>。担当の中村直人さん(40)は経験十年のベテランだが、奥深い世界で「やればやるほど発見がある」と話す。

<5>色を補正

(左)補正前は劣化で退色 (右)補正後は本来の色に近づいた

 こうして完成した映像のデジタル化。画面には早慶戦の神宮の芝の緑や観戦する女性たちのカラフルな着物姿、東京宝塚劇場で歌い踊る小夜(さよ)福子ら宝塚のスターたち、米ニューヨークのエンパイアステートビル、シカゴのネオンなどが鮮やかに映し出されていた。

◆「東京光音」 震災被害の映像 無料で修復

 東京光音は、文化庁のアイヌ語アナログ音声資料のデジタル化事業など国や博物館、美術館、テレビ局などの依頼で修復・デジタル化を数多く手掛けている。その中には東日本大震災で浸水した映像やVHS、ベータ、カセットテープなどの修復も含まれる。
 震災関連の修復はボランティアで行っており「2011年の震災直後から100本近く修復しました」(渡辺一史所長補佐)。ほとんどが個人のものという。
 津波の被害を受けた映像などは汚損がひどく、ケースを外して砂や土を除去して、手作業で洗浄するなど手間をかけて修復。その結果、東北などの家族や地域のかけがえのない記録が、次々とよみがえった。
 ただ、すべてが修復できるわけでない。「半分くらいはうまくいきましたが、海水の塩分がテープを溶かすので、できなかったものもある」(渡辺さん)
 同社では今後も、天災による被害については無償(デジタル化のみ有償)で修復を続けるという。
 文・加古陽治/写真・安江実
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