ベートーヴェン 一曲一生 新保祐司著 

2021年1月17日 07時00分

◆全作品を傾聴 「近代」と対峙
[評]岡田暁生(京都大教授・西洋音楽史)

 「近代」が始まったのがヨーロッパにおける市民革命以後のことだったとすると、今日の私たちはこの二百年以上におよぶ長い長い時代の最末期を生きているに違いない。民主主義や資本主義やグローバリズムといった近代システムの限界は明らかだ。そして音楽についていえば、「コンサート」という制度は近代が生み出したものであるが、その限界もコロナによって明らかになりつつある。誰もが自由に分け隔てなくチケットを買って三密の建物に集まることが、今非常に難しくなっているのである。ベートーヴェンの『第九』はコンサートホールのエンブレムともいうべき作品であるが、昨年の師走、数多(あまた)の『第九』が中止になった。これは近代の危機を端的に象徴する出来事である。
 ところでコロナの二〇二〇年はまたベートーヴェン生誕二百五十周年でもあった。本書は非常事態宣言下で、ベートーヴェンの全作品を一日一曲ずつ「近代とは何だったのか」と自問しながら聴くことを決意した著者の、音楽に仮託した「危機下の日記」である。
 まず全ピアノ・ソナタ三十二曲、次に全ヴァイオリン・ソナタとチェロ・ソナタ、その次が全交響曲等々。著者はベートーヴェンが象徴する近代ヨーロッパ啓蒙(けいもう)の理念と、いわば日本主義的な立場から対決しようとする。「本場」ヨーロッパの文献が理論武装に引かれることはほとんどない。著者はもっぱら小林秀雄や福田恒存や河上徹太郎といった、ヨーロッパ近代と真正面から対峙(たいじ)しようとした人々と対話しながら、自分自身の耳と心とでベートーヴェンを傾聴する。
 何より印象的なのは言葉の重さだ。「セリオーソ(真面目に)」という発想記号について著者はさりげなく言う。「この『厳粛』という感覚は、『戦後民主主義』の中では揮発してしまった感覚の一つである」。本書を貫くのはまさにこの真摯(しんし)さである。読み終わった後、まだ自分は理解し尽くしていないとすぐに再読の必要を痛感させるこのような本は、めったにない。
(藤原書店・2750円)
1953年生まれ。文芸批評家。著書『内村鑑三』『異形の明治』など多数。

◆もう1冊

新保祐司著『シベリウスと宣長』(港の人)

関連キーワード

PR情報