<首都残景>(20)和竿専門店 細部に宿る江戸の粋

2021年1月17日 06時56分

客から預かった竿を火で温めながら真っすぐに直す作業をする松本亮平さん。後方に置かれているのは竿の材料になる竹=いずれも台東区で

 竹と漆でつくる江戸和竿(ざお)は、天明年間(一七八一〜八九年)に元紀州藩士の泰地屋東作が下谷稲荷町の広徳寺前で開業したのが発祥とされている。
 この東作本店は今も台東区東上野にあり、現在の当主は七代目東作の松本耕平さん(70)。
 耕平さんの双子の息子、亮平さん(35)、脩平さん(35)が二百四十年の伝統の技を学びながら、竿づくりに励んでいる。
 釣竿は世界中にあるが、江戸和竿ほど繊細なつくりの竿は珍しい。真骨頂といえるのが、ハゼやシロギス、タナゴの竿で使われる中通しの技術だ。竹の穂先の中側を極細のワイヤでくりぬき、道糸が通るようにする。小さな魚のかすかな当たりを手元で感じるための工夫だ。

釣り糸を竿の中に通す「中通し」にするため、とがらせたピアノ線で中を貫通させた竹。撮影のために通してくれた針金の直径は0.3ミリメートル

 江戸の旦那衆のたしなみだったタナゴ釣りは、一円玉より小さな魚を釣って良しとする究極の縮み志向の釣り。専用竿の穂先の直径は一ミリ程度で、これを貫くワイヤは〇・三ミリと縫い糸ほどに細くなる。
 高校卒業と同時に修業を始め、八代目東作を目指す亮平さんであっても、「十本の穂先をつくるために二、三本は失敗する」というほどに神経を擦り減らす作業であるという。
 耕平さんの父、五代目の栄一さんの著作「和竿事典」(つり人社)によると、中通しの技術は一八五〇年ごろに二代目が始めた。当初は武士が内職でくりぬくこともあり、当時の手間賃が二朱であったそうだ。

漆を塗った竿を研ぐ松本脩平さん

 竿づくりには、ほかにも注文主の好みに応じて、部分ごとに竹を選び出し、組み上げていく「切り組み」や、竹をあぶりながら曲がりを直す「矯(た)め」、絹糸などを巻く「糸巻き」、漆で塗装する「塗り」などの工程があり、一本の竿を作れるまでに三年の修業は必要だという。
 「誰が見てもわからないような細かい部分にこだわる。その工夫の積み重ねがいい竿をつくる」と亮平さん。
 職人気質の兄に対して、弟の脩平さんは弁が立ち、ブログなどで宣伝も受け持っている。こちらは「和竿の新しい可能性を探していきたい」。それぞれの個性が江戸の技を守っていく。
 東作本店は電03(3831)4547。
 文・坂本充孝/写真・川上智世
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