週のはじめに考える 震災復興は人の心から

2021年1月17日 07時08分
 揺れは何の予告もなく、いきなりやってきます。ドーンという衝撃音とともに、周囲のあらゆるものが倒れ、壊れ、飛び散ります。木造家屋はぺちゃんこになり、鉄筋コンクリートの建物も崩壊を免れません。高架鉄道も高速道路橋も破断します。
 それが都市直下型地震です。一九九五年一月十七日早朝、阪神間や淡路島一帯を襲ったマグニチュード7・3の地震は、六千四百人の命を奪いました。死因の多くは建物の下敷きになる圧死でした。

◆回復する力を引き出す

 実際に被災した人は「この世の地獄を体験した」と言います。いきなり家族を亡くし、住みかと財産を失います。身体の傷が癒えた後も、外からは見えない心の傷に苦しむことがあります。
 災害後に「心のケア」という言葉が用いられたのは、阪神大震災が初めてだといいます。以後、いくつかの大災害を経て、被災者の心理状況の移り変わりが、おおよそわかってきました。
 最初に起きるのは、悲惨な光景の目撃や恐怖がもたらす「急性ストレス反応」です。地震直後の記憶が突然よみがえったりします。
 一カ月を超えて長引く場合は「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)とされ、専門医の出番となります。多くの災害で、被災者の一割前後に、PTSDの症状が現れます。
 いったん回復に向かって積極的な気持ちになっても、やがて無力感や疲れにさいなまれる時期がきます。被災者の間に格差が生まれ、取り残されたような気分になる人もいます。アルコール依存や集中力の欠如、社会への不適応といった問題が起きてきます。
 心の傷を根本から治す薬は存在しません。結局は、それぞれの人に備わった「回復する力」によって、立ち直るしかありません。それをいかに引き出していくかが、周囲の人たちの役割になります。

◆マニュアルにない要素

 世界保健機関は、「心のケア」のマニュアルを作り、援助する側の立場から「すべきこと」「してはいけないこと」をまとめています。基本的な原則としては、役に立ちそうです。ただし、マニュアル化された「心のケア」で、それぞれ事情の異なる個人に対応できるわけがありません。マニュアルや統計的な数字に表しにくい要素にも注目したいと思います。
 たとえば、辛(つら)く苦しい被災生活で、小さなできごとが、心に灯をともすことがあります。阪神大震災の被災者の記録を読むと「風呂屋で一緒に入った人がシャンプーを貸してくれた」「親戚が手紙をくれた」。そんな体験がうれしい記憶として残っています。ちょっとした善意が、理不尽な不幸に遭った人には、強い励ましになるのです。「人生捨てたものでもない」と思えてきます。
 また家族や近所のつながりが大事であることを痛感します。近隣のコミュニティーは、災害直後の救助や、物資の融通などで重要な役割を果たします。心の面でも、損得抜きでつながる連帯感は、大きな支えになります。
 阪神大震災では、精神科の医師から「医師より看護師や保健師が歓迎され、役に立った」との述懐があります。地域や個々人のことをよく知り、対人スキルに優れた人がケアに携わるのが理想です。
 音楽が救いになることもあります。二〇〇四年のスマトラ沖地震とそれに伴う大津波では、五輪真弓さんのポップス「心の友」が、インドネシア復興の助けになったそうです。日本ではさほど知られていないのに、インドネシアの人々に響き、日本語歌詞のまま、知らぬ者がいないほど愛唱されるようになりました。
 日本政府(内閣府)や各都道府県も、心のケアのマニュアルを作っています。具体例が記され、参考になる点はあります。一方、指揮命令系統や職務分掌についての記述が目立ち、被災者を役所のカタにはめて取り扱おうとする印象を受けます。権限争いや責任のなすりつけ合いの様子が目に見えるようです。
 東日本大震災では、ケアの「押し付け」や、研究目的でしかないケアもみられたようです。こうした試みは、悪意がなくても、心の傷を大きくしかねないことに気を付けなくてはなりません。

◆日常を取りもどすには

 阪神大震災の後、印象的だったのは、神戸の百貨店が一カ月あまりの休業を経て、再開にこぎつけたときの雰囲気です。街に以前の華やかさがもどり、店の人も客も実にうれしそうでした。「街を歩いたり買い物するのがこんなに楽しいとは」と話す人もいました。
 復興の目標は、こうした日常を取りもどすことでしょう。それは一人一人の前向きな気持ちがあって、初めて進みます。心の重要性を再認識し、真に役立つケアを求めて前進したいものです。

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