童謡は心をつなぐ 終戦直後もコロナ禍の今も… 「音羽ゆりかご会」動画配信

2021年1月18日 07時05分

終戦直後の1945年末ころの音羽ゆりかご会のレッスン。指導しているのが海沼さんの祖父・實さん=日本童謡学会提供

 日本の戦後は「リンゴ」と「みかん」で始まったといわれる。「リンゴの唄」と「みかんの花咲く丘」。童謡の「みかん…」は世代を超えて今も多くの人に歌い継がれる。コロナ禍の今、終戦直後のように童謡が静かに見直されている。童心に刻まれた共通の詞とメロディーが人と人の心の距離を埋めてくれるのだろうか。
 「お正月、会いに行けなくなったお祖父(じい)ちゃんにリモートで『里の秋』を歌ってあげたいと思います」
 昨年末、児童合唱団「音羽ゆりかご会」(品川区)の海沼実会長に、一通の手紙が届いた。合唱を指導する小学生からだ。
 「『里の秋』が世に出て十二月で七十五年だったこともあり、この歌について私が話したんです。それを覚えていて聴かせようと考えたのかもしれません。離れている家族への思いを込めた歌ですし」

童謡の歴史について話す日本童謡学会の海沼実理事長=品川区の日本童謡学会で

 「静かな静かな…」で始まる「里の秋」は終戦の一九四五年末、南方からの引き揚げ船が東京に帰港するのを記念して、NHKラジオで流された。「かあさんとただ二人」、里にはいない「とうさんの あのえがお」を思い浮かべる曲だ。父親は南方の戦場にいて、「ああ とうさんよ ご無事でと 今夜もかあさんと祈ります」と結ばれる。
 作曲したのは海沼さんの祖父・實(みのる)さんで、「みかんの花咲く丘」とともに代表作となった。「みかん…」では、幼いころ来た思い出の丘で母親の面影を偲(しの)んでいる。海沼さんは、これらの童謡が広く歌われた終戦直後とコロナ禍の今を重ね合わせながら、こう話す。
 「戦争で家族を失い、あるいは離れ離れになる中で童謡は共通の思いを人々の心に刻みながら、静かな絆のような役割を果たしてきた。今は生死で引き裂かれることこそ少ないが、外出や移動が制約され、家族と会えない人も増えている。そんな中で、特に高齢の方ならだれでも知っている童謡で心の距離を埋められないかと考えています」
 日本童謡学会の理事長も務める海沼さんは最初の緊急事態宣言の出た昨年四月、音羽ゆりかご会による童謡や唱歌の合唱を動画で配信。思いがけず再生回数は数万回に達したという。文化庁からの助成も得て、十二月からは定期的に収録し配信している。

昨年12月、渋谷区の「けやきホール」で行われた音羽ゆりかご会による童謡合唱の収録=音羽ゆりかご会提供

 「人は会えなくなった人にこそ思いを募らせ、想像を膨らませます。童謡は短い詞の中にも物語があり、自分と家族、近い人たちとの思い出と交錯させながら想像を豊かにさせる力があるのかもしれません」
 童謡は、大正デモクラシーの機運が高まった一九一八年、児童雑誌「赤い鳥」創刊により、子供の視点でつづった文学性の高い詞に旋律が付き世に広まった。日本最古の児童合唱団で「赤い鳥童謡運動」を継承する「音羽ゆりかご会」では詞の解釈を重視してきた。「詞を何度も音読して自分なりの解釈で想像を膨らませてから歌う。歌声の情感が豊かになり、音楽としての技術も向上します」
 海沼さんは、童謡の描く世界を今の子供たちや若い人にも分かりやすく理解してもらおうと、「赤い鳥」創刊百年に当たる二〇一八年、「唱歌・童謡読み聞かせ」を、昨年末には続編も著した。それぞれの詞をエッセー風の物語にまとめ、読んでもらう。その上で、付記された詞と楽譜で歌い、味わい、想像を深めてもらうという構成だ。

「海沼実の唱歌・童謡 読み聞かせ」「同2」はいずれも1540円。問い合わせは東京新聞出版・社会事業部03(6910)2527

 赤蜻蛉(とんぼ)、七つの子、しゃぼん玉、赤い靴…。誰もが口ずさめる名作が並ぶ。
 続編では童謡作家の声も紹介した。「唄を忘れたかなりやは…」で始まる「かなりや」を作詞した西条八十はこんな言葉を残した。「(かなりやは)もっといい唄を美しい声で、これから唄いだそうとして、今、苦しんでいるのかもしれません」
 海沼さんは「童謡はつらい時、寂しい時、人の心と心を照らし、思いを導く明かりにもなり得る。これからも歌い継いでいきます」と結んだ。
 文・稲熊均/写真・木口慎子
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード

PR情報

TOKYO発の新着

記事一覧