東日本大震災の記憶 コロナ禍でも語り続ける 気仙沼で被災した大学生 決意新たに

2021年1月19日 13時00分
 東日本大震災の発生から間もなく10年。東北学院大(仙台市)2年の鈴木勇汰さん(19)は高校時代から震災伝承活動に関わり、大学では災害ボランティア団体の代表を務める。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、首都直下地震が懸念される首都圏の大学生らとの交流もなかなか見通せない。もどかしいが「必要とされる限り、震災を語っていきたい」との思いを強くしている。

母校の気仙沼向洋高校の前で「必要とされる限り、震災を語っていきたい」と話す鈴木勇汰さん

 代表を務める大学の公認団体「災害ボランティアステーション」(通称・ボラステ)は震災直後の2011年3月下旬に設立され、被災地の復興支援のボランティア活動を展開。被災経験のある学生もいる中、各地で防災活動に取り組む大学生が連携する枠組みづくりにも力を入れている。
 被災したのは気仙沼小4年で10歳の時だった。経験したことのない揺れに襲われたのは帰宅途中。高台にあった学校に引き返した。学校を避難場所にした訓練の記憶があった。自宅は海の近くにあり、揺れの後に襲った津波で流された。「あのまま家に帰っていたらと思うとぞっとする」と振り返る。
 小5の夏から中3の初めまでは仮設住宅で過ごした。部屋は三つ。4人家族にとっては狭かった。壁は薄く、隣の家の話し声も筒抜け。落ち着かず、勉強も満足にできなかった。

◆高校の校舎は震災遺構に

震災遺構となっている県立気仙沼向洋高の旧校舎。流れ込んだ車やがれきが今も残る

 進学した水産系の気仙沼向洋高校(気仙沼市)は津波の被害を受け、旧校舎は遺構・伝承館として残る。鈴木さんの入学時は仮設校舎で、部活動はボランティア部に入った。部活を決める際には、全国から駆け付けてくれた震災ボランティアの姿が頭に浮かんだという。県外などから他の水産高校の生徒が学校を訪ねてきた際に「震災の話をしてくれないか」と頼まれたのを機に、自身の経験を語るようになった。
 コロナ禍の終わりは見えないが「大学生として震災伝承などの活動に取り組める時間は限られている。聞きたいと言う人がいれば、経験を話したい。今後はオンラインもうまく活用するなどして、コロナ禍の中での活動を模索していきたい」と気持ちを新たにしている。(梅田歳晴)

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