思い出が消えていく

2021年1月20日 07時17分
 元日、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを視聴した。予想通り、無観客での演奏だった。
 この後、例年ならウィーンは舞踏会の季節となる。この地で特派員をしていた際、最も格式が高いとされるウィーン国立歌劇場の舞踏会に妻と共に出た経験がある。
 その際、いちばん困ったのが衣装であった。燕尾(えんび)服を用意する必要があった。もちろん所有していない。そこで市内にある貸衣装店を紹介してもらって出向いた。
 だが店内でさらなる困難が待ち受けていた。私のように腹回りは太い一方、足が短い男性が現地にはほとんど存在せず、ぴったり合うズボンがなかなか見つからなかった。
 何本も試着したが、どうしても裾がかなり余ってしまう。まるで殿中で切りかかる浅野内匠頭の有名な絵図のような姿であった。
 結局、裾を縫ってもらいその場を切り抜けた。舞踏会当日、ドレスを着込んでご満悦の妻は、私の裾を見ながら終始笑い続けたのであった。
 舞踏会は毎年、さまざまな場所で行われる。だが今年はとても開催できる状況ではなく大半は中止となるだろう。残念である。
 さてコンサートは恒例のラデツキー行進曲を演奏して終わった。大喝采は起きず会場は静まり返っていた。大切な思い出が消えたようで不覚にも涙があふれた。  (富田光)

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