父のみとり体験 詩集に セルビア在住の詩人・山崎佳代子さん

2021年1月22日 07時07分

山崎佳代子さん=2019年11月、東京都内で

 旧ユーゴスラビアのセルビアに住む詩人、山崎佳代子さん(64)が、六年前に八十七歳で亡くなった父親の最期のみとりの日々を昨年、詩集「海にいったらいい」(思潮社)にまとめた。世界中が新型コロナウイルス感染に見舞われ、死者数が報じられる日々。「人をみとるということは、人とどう共に生きるかということ」と語る山崎さんに、その思いを聞いた。 (鈴木久美子)
 静岡市出身の山崎さんは、ユーゴの文学に興味を抱き、セルビアの首都ベオグラードに在住して約四十年。現地で結婚して三人の子どもと家庭を築き、ベオグラード大で日本文学を教えてもいる。
 二〇一五年秋、セルビア語で書いた詩集が同国の女流文学賞を受賞。報告のために実家に電話をしたところ、母親が「お父さんがお風呂から出られなくなってね」。即刻帰国。父親は静岡市内で入院していた。
 眠る父は、限りなく自由だ/空を渡る鳥のように軽やかだ/と、娘は呟(つぶや)く、聞きとれぬ声で(「地図」)
 父親の斎木保久さんは愛知県小牧市出身で、薬用植物が専門の神戸学院大名誉教授。若い頃は教え子らと屋久島や与論島など辺地を旅しては植物を採集し、家族に絵はがきを送った。毎年大みそかには、教え子が家に集い鍋を囲んで語らった。入院したのは、植物標本約二万点のデータベース化が終了した年。末期の膵臓(すいぞう)がんだった。
 「病室にはいろんな人が来てくれて、毎日同窓会をやっているようだった。母や弟らと一緒に父とすごくいい時間が過ごせて、うそみたいな贈り物だった。笑いでも悲しみでも他の人がいるから成立している。人のつながりが一番大切」
 二週間、付き添った。用事のためいったんセルビアへ。翌日、訃報が届いた。山崎さんは付き添いの間、病院の売店で買ったノート七冊に詩などを書き留めていた。これらを鎮魂のためにと昨年秋、詩集にした。
 新型コロナの影響で近しい人のみとりを十分にできなかった人も少なくない。「手を洗え、マスクをしろと肉体を守る指示は多く出されているが、手で触れ合うとか肩を抱くとか、人類が昔からやってきた安心のしぐさが、いとわしいことのように言われる。人と人のつながりや、肉体と魂のつながりが見えなくなる社会を、みんなで一生懸命つくっているという感じがする。縄文時代の人たちだって、どう死者を見送るかという思想があったのに」
 デジタル化が進み、瞬時に情報が駆け巡る世界でもある。「ゆっくり出来事を胸にとどめて、消化してから前に行くということがない。文明が気短でテンポが速く、忘却も速い。どう心に受け止めていくか、簡単じゃないなと思う」
 空想力が大事、と山崎さんは考える。万葉集の貧窮問答歌を教えたベオグラード大の学生が、当時の貧しい人がどう生きていたのかを議論する。「空想力は時空を超えて人と人、土地と土地、文化と文化を結ぶ。人を支え、励ます。なくしたら怖い」
 取材は今月、オンラインで行った。コロナ禍で父親譲りの好きな旅もできず、近くのドナウ川沿いをよく散歩しているという。野ガモの恋のさや当て、寄せる川波の不思議を語る親子…。自然と人の素朴な関わりが目に映るそうだ。
 「目の前で泣いている子ども、寂しそうにしている人に、どう一人一人が関わるか。そんな実際の部分が希薄になってはいけないなと思います」
<やまさき・かよこ> 詩人。1956年生まれ。「ベオグラード日誌」で読売文学賞の随筆・紀行賞、「パンと野いちご 戦火のセルビア、食物の記憶」で紫式部文学賞。

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