ダーウィンが愛した犬たち 進化論を支えた陰の主役 エマ・タウンゼンド著

2021年1月24日 07時00分

◆犬に豊かな情動 自説を補強
[評]池田清彦(生物学者)

 ダーウィンは一八五九年に『種の起源』を出版して、種が自然選択により徐々に進化してついには別種になると主張した。この説を受け入れると人間もまた人間でなかった動物から徐々に進化したことになる。しかしこの説は、人間と動物の間には越えがたい壁があり、人間は神の恩寵(おんちょう)により特別に造られた存在だと考える当時の人々には、受け入れがたいものだった。何よりも困ったのは最愛の妻エマが敬虔(けいけん)なキリスト教徒で、進化論を受け入れるとはとても思えなかったことだ。
 人間だけが特別の存在だというのは神話であり、人間とそれより下等な動物は、互いに極めて近い存在であることを説明するために、ダーウィンが目を付けた動物は犬であった。幸いなことにダーウィンは、ビーグル号での五年の航海の間とその後の少しの期間を除いて、常に犬と共に暮らしていた。犬を可愛(かわい)がっていたばかりでなく、犬の行動や個性を観察し、感情を理解しようと努め、それを自分の進化論の正しさを補強するエビデンスにしようと意図していたのである。
 ダーウィンが鳩(はと)の品種の変異について並々ならぬ関心を寄せていたのは、『種の起源』第一章「飼育栽培のもとでの変異」で鳩の記述が多いことからも分かるが、同書での犬についての記述は多くない。言及が多いのは晩年に書かれた『人間の由来』である。五年間の航海から帰って来た時、飼っていた犬が自分のことを覚えていた、と嬉(うれ)しそうに書きつけている。犬は記憶力に優れ、豊かな情動を持ち、人間の感情を理解し、人間と同じように心を持っていることを説明して、当時の人々に自分の進化論を理解してもらおうと努めたのである。
 それにしても、ダーウィン家の人たちはよほど犬が好きだったと見えて、次から次へと沢山(たくさん)の犬を飼っている。犬にそそぐ愛情も半端ではなく、家族の一員として遇している。ダーウィンと彼の最後の愛犬ポリーとの交歓の情景などは、犬の飼育に興味がない評者から見ても、真にほほえましい。
(渡辺政隆訳、勁草書房・2200円)
 1969年、イギリス生まれ。サイエンスライター。ケンブリッジ大などで科学史を学ぶ。

◆もう1冊

ランドル・ケインズ著『ダーウィンと家族の絆』(渡辺政隆・松下展子監訳、白日社)

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