巨匠の個性 仕事ぶり 『交響録 N響で出会った名指揮者たち』 指揮者・茂木(もぎ)大輔さん(61)

2021年1月24日 07時00分
 ブロムシュテット、デュトワ、サヴァリッシュ、シュタイン、プレヴィン、メータ、チョン・ミョンフン、サンティ…。名前を挙げていくだけで圧倒されそうな名指揮者の面々。いずれもNHK交響楽団(N響)で棒を振った巨匠たちの知られざる個性や仕事ぶりを、元N響首席オーボエ奏者が、共演者でなければ感じ取れない肌感覚を基に軽妙な文体で紹介している。
 指揮者による回想録はあっても、次々と入れ替わる指揮者を楽団員の視点でとらえた読み物は珍しい。「オーケストラは指揮者の楽器。オケの歴史は指揮者にある」。彼らのエピソードを誰も書き留めないのは惜しいと筆を執った。
 N響に入団した一九九〇年から定年退職した二〇一九年までの公演資料は「電話帳並み」の厚さ。「本当に苦労した」人選の末、個別に取り上げる指揮者は三十四人に絞った。「一番の売りは目次」と笑うように、この三十年近くのN響の歴史を思い起こさせるマエストロばかり。「『そう言えば、こんな指揮者いたよね』と思ってもらえれば」
 一九九〇年代後半には自らも指揮者としての活動を始めたが、「N響に入って『指揮って簡単なんだ』と誤解した。巨匠ほど簡単そうに見えるし、巨匠ばかり来てたから」と苦笑する。
 選び抜いた中でも特に思い入れが深い一人に挙げるのが、「楽団員に最も愛された親方」シュタインだ。若い頃にドイツのオケで共演し、ミスした後に「お父さん」のように叱られた一方、オーディションへの推薦状を書いてもらうなど人懐こい交流をし、それはN響で再会した時も続いた。「本音で接し、家族的な雰囲気をつくってくれた。みんなが彼を好きだった」
 「大好きな指揮者」と明言するチョン・ミョンフンとの共演は「大きな宝物」。マーラーの交響曲第九番の練習では、第三楽章で何のコメントもないまま「もう一度」と要求される異例の時間が繰り返され、かきむしられるような苦しさの後の第四楽章の美しさに感動したという。
 今もN響の首席指揮者を務めるパーヴォ・ヤルヴィについては「無駄や迷いがなく、高速で直進する」と分析。カリスマや職人の時代を経て、二十一世紀のスピーディーなニーズに応える新たなタイプの現代的指揮者が出現したと評する。
 指揮者とオケの双方の立場を知る身からの言葉には説得力がある。音楽之友社・二二〇〇円。 (清水祐樹)

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