オンリーワン 目白署、なぜ? 玄関に桜の葉つき銀色紋章

2021年1月25日 07時08分

目白警察署の紋章は、旭日章を桜の葉で囲った独自のデザイン

 警察署の玄関には金色に輝く紋章が掲げられているが、目白警察署(豊島区)の紋章は警視庁管内の百二警察署の中で唯一無二の形をしていることをご存じだろうか。同署の署長室には、紋章の謎と関連が深い歴史的な物も残っているという。いわれを知りたくて、訪ねてみた。

一般的な警察署の紋章

 四階建ての目白署の正面真上。他の警察署でよく見る「旭日章」を取り囲むように、桜の葉っぱが施されている。色は金ではなく、いぶし銀である。
 そもそも「旭日章」にはどんないわれがあるのだろうか。警察庁によると、一八七七(明治十)年に警察の制帽の記章として採用され、九〇年に現在の形になった。「警察官の服制に関する規則」で「日章」として制帽や階級章の記章に使うよう定められている。なぜこのような形かははっきりしないが、太陽の形に由来するとの説がある。
 ただ、警察署の建物に掲げる紋章について、警察庁の規定はない。ほとんどの警察署は「旭日章」だが、目白署はなぜ違うのだろう。「資料は残っていないんですが」。坂井明徳副署長がそう明かしつつ、語り継がれている歴史を説明してくれた。

第10代目の学習院院長だった乃木希典大将が在任中に愛用した机と尾形靖署長

 一九二三(大正十二)年、巣鴨警察署から分かれ、高田分署が誕生。二五年に高田警察署となった後、二七年に庁舎が新築され、この珍しい紋章が付けられた。許可したのは旧日本陸軍の「近衛師団」だったという。
 近衛師団は、天皇直轄で皇居の守護などを行う精鋭部隊だった。高田署は皇族が通う学習院の警備を担当していたことから、「同じものを使ってよい」と言われ、近衛師団同様、桜葉が付いたデザインになったらしい。高田署は三三年に目白署に改称した後も、そのままこの紋章が使われ続けているという。
 近衛師団は終戦の年の四五年に廃止。現在、皇居を警備する皇宮警察は、目白署の紋章とは異なる「五三桐」の紋章を使っている。
 さて、目白署にあるもうひとつの「お宝」は、署長室に鎮座していた。学習院の第十代院長だった乃木希典(一八四九〜一九一二年)が在任中に愛用した机だ。幅約一四〇センチ、奥行き八〇センチ、高さ七五センチのどっしりとした机で、その傍らにある書棚や鏡台なども乃木が愛用したものだという。
 乃木は日露戦争で旅順攻略を指揮した陸軍大将。学習院院長となり、後の昭和天皇をはじめ皇族・華族の子弟らの教育に尽力した。一二(大正元)年、明治天皇の大喪当日に妻とともに自刃。「殉死」は社会に大きな影響を与えた。
 乃木の机などは、独自の紋章が掲げられた二七年の庁舎新築の際に、学習院関係者から寄贈されたという。目白署の歴代の署長が昭和の終わり頃まで使い続けたが、引き出しの立て付けが悪くなるなど徐々に傷みが目立ち、現在は隣に置かれた新しい机で執務が行われている。
 古い机の上には、乃木が、自刃した日の朝に撮らせたという写真が飾られ、歴史を語っている。六十七代目の署長に当たる尾形靖署長は「責任の重さを感じながら仕事をしている」と語った。
 文・佐藤大/写真・佐藤哲也、芹沢純生、佐藤大
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