8通のエアメールから垣間見える「いだてん」金栗四三が見た第1次世界大戦後の欧米諸国

2021年1月25日 17時00分

アントワープ五輪前後に金栗四三が親族へ宛てたはがき=熊本県玉名市の市立歴史博物館で

 日本人初の五輪マラソン選手、金栗四三かなくりしそう(1891~1983年)が2度目に出場した1920年ベルギー・アントワープ大会の遠征中、親族に宛てた絵はがき8通が昨年、出身地の熊本県で見つかった。大会前後に欧米諸国を訪ね、18年に終戦した第1次世界大戦の爪痕を伝えている。 (吉光慶太)

 かなくり・しそう 1891年、熊本県生まれ。日本人初の五輪選手として1912年ストックホルム大会のマラソンに出場し、途中棄権した。20年アントワープ大会は16位、24年パリ大会は途中棄権。日本のマラソン発展に尽力し、箱根駅伝を創設した。83年に92歳で死去。2019年のNHK大河ドラマ「いだてん」で主人公の一人として取り上げられた。

◆東京五輪のタイミングで発見「運命的」

 敗戦国のドイツでは「伯林ベルリンにつきましたが光もすくなさびれて居ます」「子供などの顔色は青ざめて元気ありません」とつづる一方、戦勝国の英国では「大戦のあとの様にはなく町も元気があります」と対照的な記述を残している。ほかにも米国やフランス、イタリアなどで地元の人たちの表情や街の様子を記している。
 8通は昨年4~5月、熊本県玉名市の親族宅での調査で見つかった。玉名市立歴史博物館学芸員の浦田大奨ひろまささん(37)は「当時の玉名の人たちにとって遠い世界の状況に触れる貴重な機会になった」と説明。金栗のPRを担当する市職員の徳永慎二さん(64)は、東京五輪のタイミングで見つかったことに「運命的なものを感じた」と話す。

◆戦争で中止…スペイン風邪流行経て

アントワープ大会入場行進後の日本選手団。右端が金栗四三=熊本県和水町教委提供

 アントワープ大会は、世界で2000万~5000万人の死者を出したスペイン風邪の流行を経て開かれた。新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期され、開会式まで半年となった東京五輪の大会関係者は、新型コロナウイルス禍での今回に状況を重ねる。ただ、8通の中にスペイン風邪に関連する記述はない。
 コロナの感染再拡大で、東京大会は厳しさを増している。今月の共同通信の世論調査では、予定通りの今夏開催を求める人は14・1%にとどまり、中止論も広がる。

父・金栗四三が暮らした家の前で思い出を語る三女の蔵土スミ子さん(左)と五女の森元子さん=熊本県玉名市の金栗四三翁住家・資料館で

 金栗は、選手として全盛期だった1916年ベルリン大会に出場する予定だったが、第1次世界大戦で中止になった。コロナ禍に翻弄ほんろうされる東京大会を巡り、五女、森元子さん(85)は「父にも戦争で出場できなくなった五輪があった。世の中がこうなったので仕方がないが、選手たちはどんな気持ちなんだろう」と心を痛める。

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