本心<250>

2020年5月21日 02時00分

第九章 本心

「ただのルームメイトです。」
「僕は、朔也(さくや)さんのことも、本当に好きなんです。だから、確認してるんです。」
「イフィーさんが、もし、三好さんを愛しているなら、伝えるべきだと思います。きっと、喜びます。」
「本心ですか、朔也さんの?」
「はい。」
 イフィーは、それでもしばらく、僕の目を見ていたが、やがて堪(こら)えきれぬように、その顔に笑みを溢(あふ)れさせた。
「良かったあ。……ああ、良かった!」
 僕も、呼応するように微笑(ほほえ)んだ。
「けど、……彩花さんが僕の気持ちを受け止めてくれるかどうか。今の関係が壊れてしまうことを思うと、……」
「心配ないと思います。」
 イフィーは、しかし、自分の躊躇(ためら)いを、子供じみた、ナイーヴな怖(お)じ気と見做(みな)されることに抵抗するように、珍しく、僕の言葉に反発した。
「僕は、彩花さんよりかなり歳下(としした)ですし、それに、こんな体で、色々、簡単じゃないんです。」
 僕は、あまりに迂闊(うかつ)だったが、障害を理由に、三好がイフィーの愛を受け止められない可能性について考えてみなかった。それほどに、彼の存在は自然だったし、実際に、僕には、それはあり得ないことのように思われた。
 イフィーは、自分が生殖器を介した関係の能力を欠いていることを気にしているだろうか。しかし、三好がもし、彼に対してさえ、性的な関係を忌避する気持ちがあるならば、寧(むし)ろその事実は歓迎されるかもしれない。そして、彼の体は、二人の間に、何か暴力的でない触れ合いの方法を工夫させるのではあるまいか。「ドレス・コード」のあのアバターが、たとえイフィーであったとしても、三好に求めるものは、恐らくもっと違ったものとなるだろう。
「今まで話してませんでしたけど、排泄(はいせつ)一つにしても、僕は凄(すご)く時間が掛かるんです。三日に一度、二時間くらい。自動的には機能しないから、手作業です、全部。」
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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