「少し長すぎた…でも!」 大熊町に商業施設、今春オープンへ<あの日から・福島原発事故10年>

2021年1月26日 06時00分

今春のオープンに向け復興住宅の脇で建設が進む商業施設=いずれも福島県大熊町で

 東京電力福島第一原発があり、帰還困難区域が残る福島県大熊町では今春、飲食店や小売店計9店舗が入る商業施設ができる。だが原発事故による長期避難の影響で町民の帰還は進まず、商店再開のハードルは高い。店主らは「10年は少し長すぎた」とこぼす。町内の仮設店舗で再開した店は客の少なさに直面しながらも「お店がない町はありえない」と奮闘する。(福岡範行)

◆長期避難で商店再開に高いハードル

 町の中心部だったJR常磐線の大野駅前で「フラワーショップはなさく」を営んでいた町商工会長の蜂須賀礼子さん(68)は、店を再開できずにいる1人だ。
 事故前は葬斎場など向けの花が収入の柱だったが、近場での葬斎場再開が少ないうえ、ブランクも重くのしかかる。「スタンド花は50本挿して水も入れる。持ち上げるのに筋肉がどこまでついていけるか…」

大熊町商工会の連絡事務所で書類を見る蜂須賀礼子会長

 生花店は小学生のころからの夢だった。高校卒業後、仙台市の生花店で経験を積み、1984年に開店。花に保護材を吹き付けるなど一手間を欠かさず、地元客らに信頼された。「夢の完成品を作ろう」と、客がくつろげる喫茶スペースの併設を考えていたとき、事故が起きた。
 店がない今も、知人らは「事務所のテーブル花、作られっか?」と注文をくれる。「たまに自分の屋号で領収書を書くと、うれしいですよね」とほほ笑むが、避難先などで屋号を浸透させるには何年もかかる。「町に戻ったら花屋をやろう」と思ううち、還暦前だった年齢は古希が迫る。「あと10年若かったら、まだ働けた。お仕事していたら70歳でも80歳でも続けてただろうなと思います」

◆19年4月まで全住民が避難…戻った商工会員は6%

仮設店舗でテレビなどを販売している滝本電器の滝本真照さん、英子さん夫婦

 全住民の避難が2019年4月まで続いた大熊町では、町内で営業する商工会員が全体の6%の15事業所だけ。35%の会員は町外でも営業再開できていない。避難先で定着した町民も多く、今年1月1日時点の町内人口は285人。事故前の「お得意さま」はなかなか戻らない。商業施設が開業しても、厳しい経営環境は続く。
 19年7月、町内の仮設店舗で一足先に営業再開した2店舗は、復興関連企業などとの取引に支えられている。電器店「滝本電器」は企業にテレビや冷蔵庫などを納める。4年ほど前に福島県いわき市に建てた自宅から片道1時間かけて通う滝本真照さん(79)、英子さん(67)夫婦は「企業の仕事が結構、あんです。私たちは運が良かった。この商売だからできた」と語る。

◆見せる、個人商店の底力

仮設店舗に日用雑貨を並べている鈴木商店の鈴木真理さん

 日用雑貨を扱う鈴木商店の4代目鈴木真理さん(39)は「草ぼうぼうだった町がちょっとずつきれいになり始めている」と前を向く。新たな商業施設では品ぞろえを「女性が見て楽しい雑貨」に変えるが、トイレットペーパーなどの日用品も在庫に持つ。10年前のあの日、真っ暗な店内を足でかき分けて、ろうそくや紙おむつを来店した人たちに渡した。「代金は『後でいいよー』って言って。そのままの方もいます。でも、いいんです。個人店って意外と頑張るんですよ」

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