仕事も趣味も「看板」です 中野の興和サイン「ハンター」高橋さんのディープな愛

2021年1月26日 07時08分

戦前戦後のレトロ看板をコレクションする興和サインの高橋芳文社長=中野区で

 新宿の巨大ネオンにだまし絵の落とし穴や壁から飛び出すロケット…。「これ、看板?」と思わず首をかしげたくなるような“ヘン”な看板を作り続けている会社がある。中野区の興和サイン。全国の面白い看板を巡り、「看板ハンター」とも呼ばれる社長の高橋芳文さん(52)は「看板は商売の顔。依頼主のパワーの源になる看板を作りたい」と看板に愛を注ぐ。

ご存じ、歌舞伎町の巨大ネオン。高橋社長の会心作だ=同社提供

 「I♡歌舞伎町」。日本一の繁華街、新宿歌舞伎町の夜を照らす巨大ネオンは同社が制作した。縦一五・二メートル、横三・九メートル。巨大看板好きの高橋さんの会心の作だ。五年ほど前に完成した看板は今では歌舞伎町のシンボルと言っていい。
 「看板に愛、人に笑顔、街に幸せを」を経営理念に掲げる同社の看板は多種多様。数年前からはだまし絵の技法を用いた「トリック3Dアート」も制作。宇宙航空研究開発機構(JAXA)のイベントで使われる壁からロケットが飛び出しているように見える看板や、人気ユーチューバーの動画で使われた落とし穴のだまし絵も手がけた。「常にあまのじゃく思考。王道とは真逆の道を探し続けてきた」という高橋さん。「一時は同業者から『あの看板屋、つぶれるんじゃないの』とも言われた」と笑う。

JAXAのイベントで使われただまし絵の看板=同社提供

 興和サインは高橋さんの父が一九七三年に創業。主に駅構内の看板を制作していた。高橋さんは学生時代、アルバイトとして仕事を手伝うように。「ペンキの匂いが嫌いだった」と熱意はなかったが、そのまま正社員となった。
 転機は二十六歳。社員旅行で訪れた香港の光景に圧倒された。路面店の巨大看板が無秩序に道路にはみ出し、ギラギラと輝く。そのスケールの大きさに魅了され、看板にのめり込んだ。仕事も看板なら、趣味も看板。巨大なものから誤植まで面白い看板を探し歩いたり、「こうすればもっと魅力的になるのに」と想像を巡らせる。
 だが、深まる看板愛とは裏腹に、景気の悪化で九〇年代後半から会社の経営は厳しさを増す。専務だった高橋さんは最新の機材を導入するなどして他社との競争に躍起になったが、大きな会社との価格競争になすすべはなく、倒産一歩手前まで追い込まれた。
 そんな中、二〇〇五年に社長に就任すると経営方針をがらりと変える。「競争から降りて、自分が好きなヘンな看板を作ろう」
 その第一歩は「立体看板」だった。広島県にある老舗靴メーカーの本社の屋根に主力商品のスニーカーの巨大オブジェを作った。ソールの凸凹、ステッチまで本物そっくりな完成度にメーカー側は大喜び。
 その後も、高橋さんの「面白い表現」の追求は続く。学習塾に御利益がありそうな鳥居を設置したり、ゴルフスクールに高さ三メートル超のゴルフボールのオブジェを作ったり。SNSの普及に合わせて「人が参加できる看板を」とトリック3Dアートも生み出した。

落ちる!「奈落の底」のだまし絵看板

 今は戦前から戦後にかけてのレトロ看板の収集に余念がない。当時の看板は手彫りで高い技術がうかがえるという。「長年の経年劣化による味わいは、最先端技術でも作れない。当時の生活文化に思いもはせられる」と話す。
 集めた看板は会社の空きスペースに展示し、予約すれば誰でも見学できる。いずれは規模を拡大し、看板ミュージアムを造る構想も描いている。
     ◇
 レトロ看板の見学の予約は興和サイン(中野区松が丘2)=電03(3389)4165=へ。
 文・西川正志/写真・佐藤哲也
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