コロナ 危機の否認 本質見つめる勇気を 中島岳志

2021年2月1日 07時00分
 緊急事態宣言が出され、行動制限が要請されても、街は人であふれている。医療崩壊が現実のものとなり、入院できずに自宅で亡くなる患者が出てきても、街の様子は大きく変わっていない。
 私はロックダウン(都市封鎖)などの行き過ぎた制約には反対だ。飲食店の営業時間の極端な短縮にも問題があると思う。飲食などのルールを明確にし、しっかりと売り上げを確保できるように促すことが重要だと思う。
 しかし、行政の側が、一律の行動規制の強化に乗り出す理由もよくわかる。いくら国民に規範やルールを要請しても、なかなか守られないのが現状だからだ。四人以下での飲食を要請する中、菅首相や二階幹事長が大人数での会食を行っていたことが報じられた。政治リーダーまでも、ルールを守れない。「まあ、大丈夫だろう」と思っている。この国の人たちの内面に、いかなる心理メカニズムが働いているのか。
 社会学者の大澤真幸は毎日新聞ウェブ版のインタビュー(「コロナで変わる世界 地球覆った危機が導く『世界共和国』」、1月5日)の中で、「否認」という概念を提示する。これは精神分析の術語で、「本当は分かっているけれども、本気になって受け止めていない」あり方を指す。
 第二次世界大戦中の日本人は、戦況が悪化し、アメリカとの戦力の差を痛感しても、日本が負けるわけがないと思い込もうとした。バブル崩壊後の日本も、しばらくの間は「また好景気に戻るだろう」と思い込んだ。現に、バブルの象徴とされるジュリアナ東京は、バブル崩壊後にオープンしている。人々は、あまりにも大きな変化が起き、危機が迫りくると、その状況を冷静に把握するのではなく、現状から目を背け、「否認」の方向に歩みを進める。「まあ何とかなるだろう」「大丈夫だろう」と思い込もうとするのだ。

◆経済は普通に戻る?

 大澤は、大きな「否認」として経済のあり方をあげる。「おそらく最終的には、このまま普通の経済的繁栄を続けることは『不可能だ』ということを悟る」。しかし、「今は、現実があまりにも怖くて見られなくなり、『経済は普通に戻るんでしょ?』というモードになっている」。
 これは環境問題と密着している。新型ウイルスの蔓延(まんえん)は、これまで野生動物の体内に生息していた未知のウイルスが、人間に住処(すみか)を移していることにある。背景には、自然破壊によって野生動物との接触機会が増えるとともに、生物多様性が後退したことがある。環境問題に真剣に取り組まなければ、人間は次々に未知のウイルスの脅威にさらされることになる。しかし、私たちはこの現実を「否認」し、生活様式を変えようとはしない。早く元通りに戻ってほしいと願っている。
 菅内閣は、「否認」の連続によって成り立っている。厳しい見通しを語る専門家の言い分に耳を傾けず、新年に入って感染拡大に歯止めがかからなくなると、菅首相は「年末年始で感染状況のベクトルが下向きになると考えていた」と発言した。『週刊文春』12月24日号によると、首相は「尾身さんをもう少し黙らせろ。政府の対応が後手後手に見えるじゃないか」と発言したという。「尾身さん」とは、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長のことである。

◆無根拠な楽観主義

 日本政府は、感染拡大が鈍化した夏場に医療体制や法制度を整えず、「日本モデル」という存在しないものを抱きしめた。近視眼的政策と無根拠な楽観主義を積み重ねた結果、国民全体に「否認」を蔓延させる状況を作り出した。
 早急に向き合わなければならないのは、東京オリンピックをどうするかという問題である。世論調査では、開催に否定的な声が八割に達している。五輪対策よりもコロナ対応を優先してほしいというのが、大半の国民の願いだ。にもかかわらず、組織委の森喜朗会長は、観客を入れるべきか否かについて「天との勝負」と述べ、「神様がどれだけ味方していただけるかだ」と発言している。
 祈りは重要である。しかし、政治家や行政の仕事ではない。「神様」に責任をなすり付けてはならない。
 「否認」を乗り越え、危機の本質を見つめる勇気を持つ必要がある。
 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

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