本心<230>

2020年4月30日 02時00分

第九章 本心

 僕は三好を愛さない。それは、僕が今現在、この世界で唯一、期待されている人間的な信頼にかけて誓ったことだった。そもそも、彼女にその気がない以上、たとえその感情を自分に許そうとも、結局、苦しむのは僕なのだった。
 しかし、彼女が「セックス恐怖症」の故に、すべての男性からの愛を拒絶しているというのと、僕の愛は拒絶し、イフィーの愛は受け容(い)れる、というのとでは、意味が違った。
 僕は自分が、イフィーにさえ嫉妬していることに苦しんでいる。これは、おかしなことだった。と言うのも、経済的にも、人間的にも、才能に於(お)いても、凡(およ)そ、僕とイフィーとを比較して、彼よりも僕が愛される理由は何もないからだ。これは、卑屈になって言っていることではない。しかし、それでも僕は、自分ではなく、彼が選ばれようとしていることに苦しんでいる。彼が結局、三好には友人以上の感情を抱けないことを、どこかで願っている。そして、僕は三好が、イフィーとの恋愛を受け容れることが出来るとするならば、それは、イフィーが性的に不能だからではあるまいかと、考えたがっていたことを認めざるを得なかった。僕と彼との間には、本質的な優劣があるわけではなく、と。
 そして、僕の惨めな想像。――僕は、仮想空間の中では、既に三好とイフィーとは、アバターを通じて関係を持っているのではと疑った。あのレザーのベルトをはち切れそうにさせていた魁偉(かいい)な男が、三好のアバターを抱きしめている様を思い描いた。暴力的に、示威的に。……
 翌日、僕はイフィーの自宅に普段通りに出勤したが、玄関のドアの向こうで待っていたのは、無論、あの半裸の大男ではなく、車椅子に乗った、華奢(きゃしゃ)な、いつも通り朗らかなイフィーだった。
 彼は特段、変わった様子もなく、僕に対して、まったく親切だった。僕は、彼の目を見ながら、母が、安楽死の決意を僕に告げた、あの河津七滝の記憶と分かち難く結びついている三島由紀夫の短篇(たんぺん)の一節を不意に思い出した。
「これほど透明な硝子(ガラス)もその切口は青いからには、君の澄んだ双の瞳も、幾多の恋を蔵(ぞう)すことができよう」
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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