本心<220>

2020年4月20日 02時00分

第九章 本心

 「戦争の語り部」という、第二次世界大戦で戦地に赴いた旧日本兵の証言を集めたサイトの管理人が、自分の祖父のVF(ヴァーチャル・フィギュア)を作製し、彼が遺(のこ)した講演録やインタヴュー、手記、更(さら)には管理人自身の記憶を学習させて、来訪者に語って聞かせる、という試みを開始した。
 管理人は、六十代の男性で、子供の頃、旧ビルマに派兵され、フーコンで九死に一生を得て復員した祖父から聴いた、凄惨(せいさん)な戦場の実態が、その後の反戦活動の基礎になっているのだという。そして、若い人たちが戦争の記憶の継承に興味を示さず、資料だけでは自分の問題として受け止められないことに危機感を覚え、当事者のVFの語りを体験してもらうことを思い立ったらしい。尤(もっと)も、<母>のように、臨機応変に受け答えをして、日々、学習を通じて更新されてゆくのではなく、会話の簡単な受け答え以外は、原則的に、故人が遺した言葉に忠実であるように設定されていた。
 サイトには、元となった資料も写真と書き起こしの両方で公開されており、それはかなりの量に上ったが、その中の一つの逸話が、何故か俄(にわ)かに注目を集め、激しい議論を巻き起こしていた。
 故人の晩年の姿をしたこのVFは、白髪で、老眼鏡をかけ、少し嗄(か)れた穏やかな声で語った。僕は、飢餓と感染症に苦しみ抜き、空爆で二度、足に重傷を負ったという彼の話を、仮想現実で実際に体験した。
 十人程度が、椅子に腰掛ける彼を取り囲んで聴くようなスタイルだったが、殊に、瀕死(ひんし)の重傷を負い、手榴弾(てりゅうだん)で自爆する戦友たちが、決して「天皇陛下万歳!」とは言わず、「お母さーん!」と絶叫しながら死んでいったという証言に、僕は深甚な恐怖と、胸を抉(えぐ)られるような痛みを感じた。
 僕は、自分の手が、一塊の金属製の死を握り締めているところを想像し、爆発とともにそれと一体化する様を思い描いた。
 呼びかけはしても、それは決して、本当には母に見せてはいけない死の光景のはずだった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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