本心<213>

2020年4月12日 02時00分

第八章 新しい友達

 二階には、VRルームを併設した仕事部屋と、トレーニング・マシンやベッドが置かれた私室があり、ベランダには、オリーブやブルーベリー、ビワなどの鉢が並んでいて、今は冬なので使用されていない様子だったが、ジャグジーやハンモック、テーブル、バーベキュー・セットなども置かれていた。
「夏は花火も見えますよ、ここから。」
 イフィーは、僕を見上げて言った。少しだけ引き戸を開けたが、寒いので外には出なかった。
 高層ビル群の赤い航空障害灯は、それぞれに、どこか苦しげに息をしているようなテンポで明滅していた。まだ、オフィスの電気もちらほら灯(とも)っている。
 それから、イフィーの仕事部屋に通された。
 やはり黒一色だったが、様々な背表紙の画集や写真集が、壁全体に設(しつら)えられた棚に並んでいた。こういうのは、やっぱり、紙の本で見るのだなと僕は思った。
 反対側の壁には、大きなボードが設置されていて、そこに、創作のヒントになりそうなもの――男女を問わない服やバッグ、動物の写真、ガジェットやスケッチ、本の切り抜きなど――が、整理されて展示されていた。
 僕はその光景を巨細(こさい)に眺めて、一種、厳粛な気持ちになった。
 イフィーのあの多彩なアバターは、ここから生み出されていて、しかも、それらが四方八方に放たれて、巨万の富を齎(もたら)すのだった。僕がいつも、一階でぼんやりと空を眺めながら、回想に耽(ふけ)っている間に、彼はここで、独り画面に向かって、世界中の人に感謝されるような「姿」を創造している。
 その気晴らしに、僕と雑談をしに降りてくる、というのは、いかにも奇妙で、誇らしくありつつも、この時、不意に胸を過(よぎ)った言葉をそのまま記すならば、ペットのようなものだろうか、という感じがした。
 人間が人間のペットとなる。――それは、間違ったことだろうか? 愛犬家や愛猫家は、ペットを自分の“本当の家族”として大切にしている。だったら、どうして人間が“本当の家族”としてのペットではいけないのだろうか?……
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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