本心<215>

2020年4月15日 02時00分

第八章 新しい友達

 四方から椰子(やし)の木の葉の音や、プールに注がれる水の音などが聞こえてきて、ホテルのテラスのレストランでかけられている音楽も、微(かす)かに響いていた。
 風景も鮮明で奥行きがあり、目に見えない空気が巧みに表現されていて、それを呼吸している感覚があった。ヘッドセットが極めて軽いせいもあったが、その臨場感には欠落がなく、どこかに綻(ほころ)びを探そうとしたが、やがてそれを諦めた。
「ほんとに、あのプールに飛び込みたくなる感じですね。」
「ですね! この場所は知らなかったけど、いいところだな。お金かけて、よく出来てる。朔也(さくや)さんたちは、時々、来るんですか、ここに?」
「僕はそうでもないけど、三好さんは、……」
「来てるよ。いつか、本当のこの場所に行ってみたいって夢見てたけど、なんか、もうこれで十分かも! イフィーが家から出ないのもわかるね。」
 僕たちは、しばらく椅子に座っていたが、服のままでは暑くて、五分程度しかいられなかった。半裸のイフィーの胸元には、静かに汗が垂れていた。その雫(しずく)には、高貴な光があった。
 一階に降りた僕たちは、終電を気にして、「そろそろ」と切り出した。
 イフィーは寂しそうに、
「もう少しどうですか? 朔也さん、明日の朝は休みでも良いですし。」
 と引き留めたが、三好も明日は早いので、二人で帰る意思を確認した。
 イフィーがタクシーを呼んでくれて、僕たちは、思いがけず車で帰ることになった。別れ際に、イフィーは手を差し伸べ、僕だけでなく、やはり三好もまた握手をした。
「なんか、シンデレラみたいな気分。カボチャの馬車で、今、高速道路を走ってるのね。……ありがとう、朔也君。わたし、今まで生きてきて、今日が一番楽しかった。イフィーも想像以上に素敵(すてき)な人だったし。あんなに若いのに。すごいね。……ああいう人生もあるのね。……」
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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