【社説】福島原発判決 残念な「国に責任なし」

2021年1月28日 08時09分
 福島第一原発事故から避難した住民らが起こした訴訟で東京高裁は一審判決を覆し、国の賠償責任を認めなかった。津波の予見可能性すら否定し、原告は「不当判決」という。到底、納得できまい。
 八つの地裁・高裁が国と東京電力の責任を認め、七つの地裁は東電の責任のみ認める−。今回の判決までに、原発事故の避難者らが起こした訴訟の経緯だ。
 特に、群馬県などに逃れた人の群馬訴訟は、全国で約三十件ある集団訴訟の中で、初めて国に国家賠償法上の責任を一審で認めた判決だった。高裁レベルでは仙台高裁が昨年九月に「国の責任」と断罪したばかりだった。
 それらの判決は(1)マグニチュード8級の大地震が来るのは二〇〇二年に国の地震調査研究推進本部が公表した長期評価で予見できた(2)東電が速やかにシミュレーションしていれば遅くとも〇二年末までに福島第一原発に十メートル超の津波到来が予見できた(3)長期評価は国の知見で、国も同時に地震の危険性は認識していた、との前提に立つ。
 実際に東電内では〇八年、長期評価を基に原発を一五・七メートルの津波が襲う可能性を示す試算を出したが、何も対策を取らなかった。その三年後の東日本大震災で原発事故は起きている。国も当然、試算できたはずで、仙台高裁は国と東電の責任割合を「同等」とも判断していたのだ。
 だが、東京高裁の見方はまるで異なる。そもそも長期評価から予見はできないとの前提である。仮に長期評価に従って津波高を試算し、防潮堤などを設置したとしても、原発内に浸水することを防止することはできなかったという。ただ、原子力損害の賠償法に基づいて、東電には賠償を命じた。
 この判断は疑問である。
 そもそも政府機関の長期評価を信頼せずして、何を基準に考えるのか。地震列島に立地する原発では、最高・最新の知見とともに、科学的な有力情報には細心の注意を払うべきではないのか。たとえ異論があったとしても、むやみに排除しては安全対策などできはしまい。
 特に、国は原発の規制権限を持っている。何より安全上の国の権限は大事だ。その不行使については、司法はとりわけ厳しい目を持たねばならないはずだ。
 何もしない−国の姿勢にお墨付きを与えると、安易な原発運転を許し、大災害を機に再び原発事故を招く恐れすらあり得る。

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