<ふくしまの10年・詩が生まれるとき>(3)怒り 言葉の連打に

2021年1月28日 07時27分
 二〇一一年三月十六日の午後九時すぎから始まった和合亮一さん(52)のツイッターは、最初は自身の無事を伝えるものだったが、次第に東日本大震災や原発事故への怒りに変わり、連打となっていく。それは深夜まで続いた。
 当時のツイッターのフォロワー(登録読者)は七人。和合さんは誰かに受け止めてほしいと願ったが、誰かが読んでくれるとは考えていなかった。ただインターネット上でも言葉を残したいと思った。
 「放射能が降っています。静かな夜です」
 四回目でこう投稿したとき、頭が白熱していくのがわかった。そして震災後の六日間が、怒濤(どとう)のようによみがえってきた。余震と放射能におびえ、現実から逃げ惑った日々。この震災はとても表現できないと言葉を失い、詩の書き方も分からなくなった。錯綜(さくそう)する情報に振り回され、自分がここにいないような、自分が自分でなくなったような感覚。震災後を振り返った後、怒りとともに、頭の中に言葉が湧き上がってきた。
 「ここまで私たちを痛めつける意味はあるのでしょうか」「この震災は何を私たちに教えたいのか」。パソコンを打つ間も、外は放射線量が高くて出られない。独房のような部屋を、強い余震が絶え間なく揺らしていた。怒りと悔しさと情けなさが入り交じり、「チクショー」と呟(つぶや)き、泣きながら言葉を打ち続けた。
 「明けない夜はない」 
 午前零時半。投稿を終えたとき、三時間が過ぎていた。フォロワーは全国に広がり、二百七十二人になっていた。
 ◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

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