スポーツで大事な「忍耐」試されている 64年東京五輪出場、セントラルスポーツ・後藤忠治会長 <スポーツの力・アスリートと共に④>

2021年1月29日 10時15分

1964年の東京五輪で獲得した400メートル自由形リレーの入賞盾を手に話すセントラルスポーツ会長の後藤忠治さん=東京都中央区で

 人生を懸けて目指してきた舞台がかすんでしまう。そんな不安にさいなまれている現役選手の気持ちが痛いほど分かる。フィットネスやスイミングスクール事業などを展開するセントラルスポーツ会長の後藤忠治ただはるさん(79)は1964年の東京五輪に出場した元競泳選手。「スポーツで大事な『忍耐』が試されている時」と、大会に向かう選手たちを鼓舞する。
 64年東京五輪の競泳男子100メートル自由形と同400メートル自由形リレーに出場し、リレーでは4位入賞。大会後に引退し、69年に競泳や体操の選手育成を目的にセントラルスポーツクラブを創業した。以後、半世紀以上にわたって、スポーツとともに歩んできた。

◆天国から地獄に落ちた気分

 そして経営トップとして新型コロナウイルスに直面する。運営するスポーツジムが休業を余儀なくされるなど大打撃を受けた。「今まで世の中に多少なりとも貢献できてきたかなと思っていたが、天国から地獄に落ちた気分だった」。子どもからお年寄りまで、楽しく体を動かす場を提供してきた自負が揺らいだ。
 気持ちを奮い立たせたのは、スポーツから学んだ考え方だった。「限界を超えると次のステージに行ける。またそこで頑張ると壁があって、また越えて」。試練を前向きに捉え、エネルギーに変えていく。アスリートとしての経験があったからこそ、「厳しい時でも間違いなく乗り越えられる」と、社のトップとして歯を食いしばった。

◆誇りを失った日本が盛り上がった

 幼少時の記憶も支えになった。敗戦から4年後の49年の全米水泳選手権。世界新記録を連発した古橋広之進や橋爪四郎らが活躍し、誇りを失っていた日本を大いに盛り上げた。「あれほどの感動はなかった。スポーツが世の中を明るくできる」と信じられた。
 今、再びスポーツの力が試されていると感じる。コロナ禍で浮き彫りになったのは人と人との「断絶」。人から交流を奪い、見えない敵との対峙たいじで生まれた疑心暗鬼が、感染者や医療従事者への差別に向かった。米国でもトランプ前大統領のもとで社会の隔たりがあらわになった。こんな時だからこそ「スポーツは必要だ」と強調する。

1964年の東京五輪に出場した当時の後藤忠治さん=選手村で(セントラルスポーツ提供)

 オリンピアンとして実感したことがある。「スポーツをとことんやっていると、自分はここまで頑張って、これくらいだなとか、自分なりの『物差し』ができる。(試合では)それをいろいろ当てはめて、相手のやっていることを理解しようとする。突き詰めると、他者への理解につながる」

◆コロナとの共存 スポーツが一助に

 コロナ禍が収束しない中での東京五輪・パラリンピックの開催には賛否両論ある。ただ、スポーツには世の中を変える力があると体験から断言できる。64年の東京大会を契機に民間のスイミングクラブが生まれ、スポーツジムが産声を上げた。それは大会の「レガシー(社会に残したもの)」だった。
 日本の少子高齢化は64年とは比べものにならないレベルで進行し、医療費は増大するばかりだ。健康増進は今夏の東京大会以後の社会にとっての大きなテーマと見据える。「高齢になると、楽しく生きるためには健康でないといけない」。新型コロナとの共存が求められる今こそ、スポーツがその一助となると確信している。(唐沢裕亮)

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