本心<169>
2020年2月27日 02時00分
第八章 新しい友達
それを思うと、死んでいる母を揺すり起こして、また僕のために働かせているような情けない気持ちだった。
*
僕の生活に、収入面で大きな変化があったのは、その直後のことで、しかもそれは、<母>とまったく無関係だった。
週明け、僕は引き続き、古紙回収の仕事に出ていたが、勤務中から何度となく電話に着信があった。以前のリアル・アバターの登録会社だった。
僕は、また何か、以前の依頼者からクレームでも来ているんじゃないかと、憂鬱(ゆううつ)な気分で無視していたが、メールでも、「至急、ご連絡ください!」と何度も催促されていた。
仕事を終えて、電車に乗っている間の手持ち無沙汰に、僕は結局、その内容を確認した。四ヶ月の業務停止処分のはずだったが、可能ならば、すぐに復職してほしいという。
よほど人手不足なのかと思ったが、僕を指名する依頼が殺到しているというのだった。
会社のサイト内に設置された僕の写真つきの紹介ページは、そのまま維持されていて、リクエストがあった時には、この間、誰か他のスタッフを紹介していたはずだった。
長く続けていた仕事だけに、僕を気に入ってくれていたリピーターも少なからずいた。もし、彼らの仕事だけを選ぶことが出来たならば、リアル・アバターを続けることもできたかもしれないが、それではとても生活費をまかなえなかった。
しかし、今大量に来ているリクエストは、そうではなく、ほとんどが新規らしかった。
つまりは、何かおかしなことが起きているのだった。――恐らくは、注文した覚えのない宅配ピザが、二十枚届く、といった類いの嫌がらせだろう。
何故(なぜ)だろう?――僕は、自分の人生にまとわりつく、長い、紐状(ひもじょう)に絡まったような不遇に苛立(いらだ)ちながら、胸の裡(うち)で呟(つぶや)いた。
依頼には、ボット(自動発言システム)のような、どこの国からともしれないアカウントが多く含まれている。ざっと見たところ、あのメロンの一件の依頼者の名は含まれていなかったが、彼らがネット上で、僕についての悪い噂(うわさ)でも流しているのではあるまいか?
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
※転載、複製を禁じます。
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